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2008.02.25 Monday  | - | - | - | 

ポリティカル・コレクトネスと言葉狩り

 先日、私は3歳の長女が使っているクレヨンを見て「なにぃ!」と思ったことがある。それは「肌色」のクレヨンの包み紙に「ペールオレンジ」と書いてあったことだ。つまり「うすだいだい」。「何がペールオレンジだ」と。これは結局「肌の色は一色ではない。肌の白い人もいれば黒い人もいるのだから、人種差別につながる。」という観点からの配慮であろう。かなり古い記事になるが、哲学博士の中島義道氏によると、1990年11月30日付けの朝日新聞の投書に以下のようなものがあったという。

 「アメリカに住んで三年半になります。住み始めてすぐのころ、日本から持ってきたクレヨンの中に『肌色』という色を見つけ、これはおかしいと思いました。日本では何の疑問も持たなかったことです。・・・・・・最近、日本人の人種差別問題がまた一段と攻撃の的になっているようです。・・・・・・・日本人は今、もう少し、他人への気遣い、心配りを考えなければならないと思います。せめてクレヨンの肌色の呼び名は廃止し、子供たちに世界中にはいろいろな肌の色の人が住んでいること、そして、その人たちには何の優劣もないことを教えてあげたいものです」(ニュージャージ州、主婦37歳)

 アメリカの基準を全ての基準と考える典型的な人間である。日本人の感覚としての肌の色は紛れもなく「肌色」であるわけで、それを外国に行ったときに「肌色」という言葉を使ってはいけない、というのではなく、「肌色」という日本語自体を廃止しろと言うのだ。しかし、そんな必要がどこにあるのだろうか。こうした「ことば狩り」が「人種や男女差別の撤廃」という美名の下に行われていることは日本人としての価値観をあいまいにし、国家というものを軽視する現代の風潮に一役買っているのだと思う。中島氏は言う。これが正しいとすれば、「黒山の人だかり」という表現はやはり日本人のほとんどの髪の毛が黒いことから生まれた言葉であろうが、そういった言葉も廃止すべきだということになる、と。あるいは「赤ちゃん」というのはどう考えても黒人の子には適さないだろうと。
 西村幸祐氏は著書「反日の構造」の中で、日本の文化が内側から破壊されつつあり、その端的な例が「言葉狩り」であると言っている。「旦那」という言葉が「主人」という日本語を破壊し、ジェンダーフリーというこれまた美名をまとった凶器は「看護婦」という言葉をも抹殺しようとしているのだと。
 こういった問題は、本をただせばアメリカで70年代に始まったポリティカリー・コレクト(政治的に正しい)運動に端を発している。女性・人種差別を助長する差別的表現の撤廃を求めるこの運動は、70年代後半に大学キャンパスを中心に始まり、80年、90年代に全米に広がったそうだ。分かりやすい例を挙げると、「ミス・ミセス」を廃止して「ミズ」を使おう、「ニグロ・ブラック」はやめて「アフリカ系アメリカ人」と呼ぼう、というようなものである。そのくらいならまだしも、その後ポリティカリーコレクト運動はあらぬ方面にまで及ぶようになる。実にありとあらゆる分野にまで広がっていったのだ。矢部武氏の著書「アメリカ病」にはほとんど冗談としか言いようのない例が山ほど挙げられているので紹介したい。以下の表現が何を意味するかおわかりだろうか。

 経済的にはじき出された人
 垂直方向に恵まれた人
 異なった能力を持つ人
 更生施設の元利用者
 頭髪的に不利な人

 笑ってしまうのだが、正解は上から「貧乏人、痩せている人、知的障害者、前科者、はげた人」である。
 政治的に正しい言葉とは一体何なのだろうか。これらの言葉を使用することによって果たして差別撤廃は実現するのか甚だ疑問である。結局言葉の意味が行き着く先である人の心には同意のものとして届くはずなのだ。

「反日」の構造―中国、韓国、北朝鮮を煽っているのは誰か
「反日」の構造―中国、韓国、北朝鮮を煽っているのは誰か
西村 幸祐

アメリカ病
アメリカ病
矢部 武
2006.12.12 Tuesday 00:48 | comments(4) | trackbacks(2) | 憂國・教育 | 

日本人にとって英語とは何か:2

 以下は、高1の生徒に配布した「日本人にとって英語とは何か」と題したプリントである。 

★「世界共通語 = ネイティブスピーカーの英語」であってはならない!

 授業でやったように、今や英語は「世界の言語」であることは間違いありません。それは世界中で英語の母国語話者とそうでない人がコミュニケーションをはかるとき、多くの場合英語が使われるという事実からも明らかです。それどころか、もっと決定的な証拠は、非英語国民の外国人同士(例えば日本人と中国人)がしゃべる際にお互いの言語を知らない場合、会話の媒体は普通「英語」であるということです。つまり、英語はネイティブスピーカーのいないところでさえも話されているのです。これはどういうことかと言うと、非英語国民がしゃべる英語は、英米人の文明・文化を育んできた土着の言語としての英語ではなく、英米人の手から完全に離れて一人歩きをしている「意思伝達の道具」としての英語にすぎないということです。

 ひと昔前は、英語は英米人をはじめとする英語国民の母語であり、日本人から見たら一外国語でした。しかし現在では、この英語が世界中に広まり、非英語国民の英語話者の人口がネイティブスピーカーの人口を上回るということが起きています。だからこそ「英語の国際化」ということが言われるわけです。いわば、今日の英語は世界中の民族が共有する財産です。しかし、日本では未だに英語と言えば英米(あるいはオーストラリア、ニュージーランド)の言語だという意識が強い。英会話の先生といえばネイティブスピーカー。英会話学校の講師のほとんどが英米出身の白人であることが何よりの証拠です。英語をやるなら英米の英語。「英語を習いたいからインド人を呼んで来よう。」とはならないわけです。同じ英語学習者としてインド人の英語などは大変勉強になるはずなのですが。

 では、なぜ「ネイティブスピーカーの英語」ではいけないのか。その前に言語の性質について少し話をします。言語というのはその国の文化や国民性と密接な関係があります。両者は切っても切り離せない仲です。例えば、日本人の性格や文化は日本語なくしては存在し得ません。日本語が私たちを日本人たらしめているのです。我々がもしスペイン語をしゃべっていたら、歌舞伎のような古典芸能は生まれていません。「おじぎをする」という習慣も存在しないでしょう。皆さんは、「思い」と「ことば」はどちらが先だと思いますか?頭の中で「思う」から言葉にできるのか、「ことば」があるから思うことができるのか。正解は後者です。言葉がなければ「ものを思う」ことができないのです。犬や猫には言葉がないので、「思考」がありません。そして動物には「文明」や「文化」はありません。なぜなら言葉がないからです。人間には言葉があり、ものを考えることができるので、文明が生まれ文化が発展しました。しかし文明・文化は使う言語によって多種多様です。どの民族もその国に生まれたからには、先代から連綿と受け継がれてきた自国の伝統・文化を責任を持って育み、次世代につなげていく義務があります。そして「伝統・文化を受け継ぐ」ためにまずしなくてはならないことは、「自国のことばを大切にすること」です。

 ところが現在の日本を見るとどうでしょう。街には英語があふれています。お店の看板などもアルファベットやカタカナばかりです。面白いことにTシャツなどには必ずと言っていいほど英語や他の外国語がプリントしてあります。日本語が書いてあるものはむしろ「変わったTシャツ」です。日本人はなぜもっと日本語を世界にアピールしないのでしょうか。類希なる経済大国であるにもかかわらず会社名もそのほとんどがアルファベットですし、世界に誇る日本車のネーミングもほぼ100%アルファベットでしょう。外国で日本車に乗っている人からしてみたら、漢字の車名であればブランドとしての価値も上がってうれしいはずです。せっかく高性能な日本車に乗っているのにアルファベットだとどこの車だか分からない。

 昔から国内で漢字廃止論が出たり、英語公用語化論が出たりと、ある意味日本人は世にも珍しい、自国語を粗末に扱う民族です。それは有史以来、今日まで他国に侵略されて言葉を奪われたという経験を持たない日本の特徴かもしれません。現在世界にはおよそ6000の言語があると言われています。その中には、話者総数が10人、20人という絶滅寸前のものもあります。そんなことは知らず、日本では小学校にまで英語教育を導入しているという有様です。国語もろくに出来ない子供に英語を教え込む危険性を日本人は知らない。私たちは日本語をもっと大切にするべきなのです。

 やっと本題です。なぜ「ネイティブスピーカーの英語」は問題か。これを説明するには本当は10枚くらいプリントが出せるといいのですが、それでは誰も読んでくれないので、国を米国に絞ってすごく端的に理由を言うと、.▲瓮螢英語を学ぶことが、米国の文化や生活様式をもれなく連れてくる、⊆蕕襪戮日本の言葉・伝統・文化が廃れていく、F本がダメになり、世界がダメになる、ということです。

 「言語が文化と密接につながっている」ことは前述の通りです。終戦直後の日本人は、アメリカの生活様式にあこがれました。家中に行きわたる暖房や、冷たい冷蔵庫など、夢のような生活です。しかし、世界に誇る経済大国、技術大国となった現在の日本にはもはやアメリカから文化的なもので得るものはありません。むしろ科学技術などはこのへんにして、物質的に豊かになりすぎたこの国を自然と共存するような方向に向かせるべきなのではないでしょうか。アメリカという国は立派な人がいたり素晴らしい点もある反面、まったく真似すべきではないこともたくさんあるのです。アメリカ在住者による世界資源の消費率(世界比)は33%にもなるという報告もあるくらいです。つまりアメリカ式の生活を維持するためには莫大なエネルギーの消費が必要になるのです。さらに有毒性廃棄物の排出率も半端ではありません。アメリカ一国だけだから世界はなんとかもっているのであって、これを世界中の国々がやってしまうと地球はたちまちパンクしてしまう。ここに英語を米国の母語として学ぶことの大いなる危険性があります。いかに猛勉強して英語が達者になっても、カッコつけてアメリカ式の生活などするものではないのです。

 日本のように、国を挙げて全国民がある特定の外国語を習得しようという意向自体が実は大変危険なことです。自国の言葉や文化を絶滅の危機に追いやる可能性があるからです。しかし世界と渡り合っていくには英語をやらないわけにはいかない。だから日本の全国民が十分注意して英語学習に取り組まなくてはならないわけです。そのためには、まず英語はあくまでも世界共通語であって英語国の所有物ではないのだと認識することです。そして英語の前に正しい国語と日本史をしっかりと勉強すること。英語圏の文化が入ってきたことによって押しつぶされた日本の良き文化はたくさんあります。英語学習はやり方によっては日本の文化を根こそぎ抹殺できるほどの力を持っているのです。アメリカかぶれになるのではなく、日本人としての誇りを持って英語学習に取り組むことが大切です。

★ 今後、日本の英語はどうあるべきか
 
 これ以上の英語国文化の日本への入り込みを阻止すると同時に、日本には成すべき使命があります。それは、世界中へ感謝の気持ちを込めて日本の素晴らしい部分を発信していくことです。日本人は今日まで、その極めて稀有な性格をもって様々な文明・文化の良い部分を吸収し、経済・技術面において大国となることができました。そして今、世界への恩返しをするときなのです。日本の素晴らしいところは、多神教を基とした自然崇拝・先祖崇拝の精神、森羅万象との共存の精神を捨てることなく、類希なる謙虚さ・勤勉さをもって他国の優れた技術を手に入れたことです。今こそ日本人は自らの長所を再確認し、誇りを取り戻して、その素晴らしさを世界にアピールするべきなのです。そして、皆さんの英語がその日本の精神を伝えるための「道具」であってほしいと願っています。英語はべらべらカッコよくしゃべることができればいいというわけではありません。しゃべる内容がなければ全く意味がない。他国の人からも決して尊敬されません。大げさではなく、間違った英語学習は日本を崩壊させる根源だと思います。逆に私たち日本人が「道具」としての英語を上手く使いこなせば、日本を活性化させ、世界を平和へ導く大きな宝となるのです。それこそが私たちが英語を学ぶ最大の目的です。決して、ペラペラになって米人友達を作り優越感に浸るためでもなければ、海外旅行中のショッピングを快適にこなすためでもないのです。
2006.11.14 Tuesday 14:30 | comments(3) | trackbacks(2) | 英語・英語教育 | 

日本人にとって英語とは何か:1

 最近授業で「The English Language –Where Did It Come From?-」という長文をやっている。イギリスに端を発し、今や世界中で使われている英語。その生い立ち、英語という言語の由来・起源などについて書かれたものだ。ごく簡潔にあらすじを書きたいと思う。

紀元前55年にローマ軍がヨーロッパ大陸から海峡を渡り、たどり着いた島を「ブリテン」と名づけた。このときは長居はしなかったが、紀元43年にローマ人は再びブリテンを侵略。今度は400年もの間とどまった。ローマ人の言語はラテン語である。英語にラテン語を起源とする単語が数多くあるのはこのためだ。
5世紀になると、ローマ人に代わってアングロサクソン族がブリテンを侵略し、その島を「アングルランド」(イングランド)と名づけた。そしてイングランドではイングリッシュが話され始める。その後、デーン族の侵略、ノルマン人の侵略などを経て、デーン語、フランス語などが英語に入ってくる(フランス語は200年間貴族階級の言葉になった)。そのような経緯で、現在使われている英単語の多くはラテン語、デーン語、フランス語に起源がある。
17世紀になるとイギリスは世界中に植民地や市場を開き始め、英語はあらゆる大陸の人々に使われるようになった。英語を使う人々もスペイン語や日本語などの他言語から学んだ単語を英語として使うようになった。このようにして、今や英語は世界で一番豊かな言語になり、世界中で話される国際語となったのである。

 この長文を扱うにあたって、いわゆる国際語としての英語と英米人の母語である英語を生徒に区別させ、我々日本人が学ぶべきものはあくまでも国際語としての英語、すなわち英米人の手から完全に離れた(英米文化をできる限り排除した)「武器」としての英語でなければならない、ということを伝えたかった。そこで、この単元を終えたあとに、「日本人にとって英語とは何か」と題して生徒にプリントを配ることにした。私は慶応大学の鈴木孝夫先生のお考えにかなりの部分において賛同しているので、考え方としては同先生の著書に記されていることと類似したものである。生徒に配布したプリントを次回の記事に載せたいと思う。
2006.11.14 Tuesday 14:22 | comments(0) | trackbacks(0) | 英語・英語教育 | 

日本破滅への道:履修漏れ問題

 今朝学校に行くと、職員室の自分の机上に「第3学年保護者各位」と宛名を打った学校からの手紙が用意されていた。タイトルを見ると、「履修漏れの問題についてのお詫び」であった。我が校も・・・。履修漏れがあったのは、新聞に大々的に取り上げられていた「世界史・地理」のようないわゆる主要科目ではなかったのだが、それにしても教育の場においてあるまじき由々しき問題である。
 この履修漏れという不祥事が露呈した学校数の多さはどうか。10月31日付の毎日新聞によると、履修漏れが発覚した学校は公私立合わせて461校に上るという。単位不足の生徒は約7万2000人。大きな問題であるにもかかわらず、これだけの学校が摘発されると「みんなやってるだろ」という雰囲気になってしまうのがまた大問題であると思う。そのうちの一校が我が校とは、実に恥ずかしい。そして私自身は他教科の担当とはいえ、この事実に今まで全く通じていなかったことに関して自責の念に駆られる。

 それにしても、全国で未履修が目立った「世界史」は、世界を知る、または世界の中の日本を知る上で極めて重要な科目であり、「地理」は自国のことを知り、郷土愛を育むために必要不可欠な科目である。そもそも、高校3年間で、「世界史・地理」か「日本史・地理」のどちらかの組み合わせを選べばよいとする現行の学習指導要領がおかしい。中には日本の国史を高校の3年間で一度も履修しない生徒がいるわけだ。もともと社会科の学習指導要領に問題がある上に、さらなる未履修問題。歴史を知らない若者が増えるのも無理はない。(もっとも、自虐的な歴史観の日本史だとしたら教えれば教えるほどマイナスかもしれないが・・・。)
 かつて占領下の日本において、GHQが我が国の伝統的教育思想を破壊し、日本人の精神を解体するために出した指令があった。1945年12月31日に発令された

「修身、日本歴史、及ビ地理停止ニ関スル件」

である。これは「極端な軍国主義、国家主義の禁止」、「神道への政府の関与の禁止」、「軍国主義教諭の審査と教職追放」と並んで四大指令として発令されたものだ。これが、日本人の精神的武装解除を狙ったものであり、愛国心を消し去る目的であったことは自明である。西鋭夫氏によると、マッカーサーがこの指令を出すに至ったきっかけは、同年12月13日に発せられたダイクCIE(民間情報教育局)局長からの「日本教科書」勧告による。その内容は、

 「修身、日本史、地理の教科書は文部省によって作成されました。詳細に検閲した結果、非常に有害であることが判明しましたので、直ちに使用停止されるべきであります。全国で使用されている教科書百七十三冊のうち有害なものは、五十冊を数えました。・・・・文部省とCIEは、一九四六年四月一日に始まる新学期のため、過渡的な教科書を準備中であります。」(西鋭夫著:「國破れてマッカーサー」中公文庫より)

というものだ。
 現在の日本の学校教育課程には、当然「修身」はない。そして、高校における「日本史」は選択制、極めつけに地理の未履修。かつて占領軍に牙を抜かれた我が国は、未だにその呪縛から解き放たれることなく、今日自らの手で破滅への道を選び、進んでいる。
 
 我が一年生の今日の特活は学年集会であった。校長から「履修漏れ」の件についての話。集会終了後、体育館から教室に戻る際に、出口に教員が一列に並び、関門通過方式で頭髪服装検査を実施。「ルールを守れ」と訴える検査に説得力がなかったことは言うまでもない。




國破れてマッカーサー
國破れてマッカーサー
西 鋭夫



2006.11.01 Wednesday 02:42 | comments(0) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

雑誌「新英語教育」の大罪

 最近、学校に毎月送られてくる三友社出版の「新英語教育」なる雑誌を読んでみた。似たタイトルで大修館の「英語教育」というのがあるが、両者のコンセプトは全く違う。というのも、「英語教育」については特筆すべきものではないのだが、問題は「新英語教育」である。これがとんだサヨク雑誌なのだ。先日、今年の9月号を手にとってみたのだが、見出しのトピックにはこうある。「平和教育に生きる〜9人が語る私と平和〜」と。そもそも、この雑誌を編集している「新英語教育研究学会」は、「英語教育は平和教育」であることを主張し続けてきたらしい。私は平和主義自体を真向から非難するものではないが、俗に「平和教育」というと、大きな問題を抱えていることが少なくない。この学会の目指す平和主義志向がどういった類のものかをわかりやすく言うと、教育基本法改正を「改悪」と呼び、社会の保守化傾向を憂う類のものである。

 以前にも書いたことがあったが、この手の英語教育を支持する教育者は、世界中の様々な民族のアイデンティティを尊重し、「多様な価値観」というキーワードを重視する傾向にある。他を尊重するのは大いに結構だが、そこに端を発して「日本人の価値観に囚われてはいけない。」という甚だしい本末転倒状態に陥るのだ。他を尊重するのになぜか自身を尊重しない。結局彼らの主張する平和教育とは以下のようなものになる。

 「世界中の多様な価値観を認め、戦争のない世界作りに努めよう。日本は先の戦争において近隣諸国に多大な被害をもたらし、多くの国民を死なせてしまった。日本の価値観にこだわっていると平和は決して訪れない。子供たちを再び戦争に行かせないために、国家を教育に介入させてはならない。子供たちの個性を伸ばし、人権を守ろう。」

 こういった教師の目には、戦前の日本の教育は全て悪として映る。そして、戦争をせず、平和でありさえすれば何でもよい、という錯覚に陥りがちである。そして「私は、すべてのいのちを尊敬します」などというきれい事を言ってのけるのだ。こういう人は犯罪者のいのちも尊敬するのだろうか。本当にあきれてしまう。

 ところで、この雑誌に「OPINION POSTERに願いを込めて!!〜平和の思いを届けよう〜」というページがあった。これはある中学校教員の実践した英語授業レポートである。生徒たちの平和への思いを英文のメッセージにして絵と英文でポスターを書かせるというものだ。出来上がったものは「人権文化発表会」(なんなんだこれは。)なる場で発表するらしい。あるポスターには大きくこう書かれていた。
 
 「“HUMAN − LOVE = WAR” War will happen when we forget love. It is important for people around the world to think about love.」

 「人間−愛=戦争」とはまたえらく安直なことを考えたものだ・・・。しかし、その場にいた先生はまず間違いなく「素晴らしいキャッチコピーを考えたね!」と誉めたことだろう。でなければ代表作品として雑誌に載せるようなことはしないはずだ。人間−愛=戦争・・・。私はこれを見てすぐさま特攻隊員として散華された方々のことを思い、憤った。国のため、家族のために命を擲った方々は愛をなくした極悪非道の人間であったのか。愛を持たないのはむしろそのような発想しかできない人間のほうである。といっても相手は子供だ。ということはつまり、そんな教育しか子供たちに施すことのできない教師にこそ「非道」という言葉が当てはまるのではないか。

 雑誌「新英語教育」は、一部始終がこのような思想一色で塗り固められており、吐き気を覚える。そして日本中で多くの英語教師が愛読しているのだと思うとため息が出るのであった。
2006.10.23 Monday 21:21 | comments(3) | trackbacks(0) | 英語・英語教育 | 

生徒を連れて大学訪問。がしかし・・・

 今日生徒を引き連れて、某大学の学校見学会に行って来た。本校1学年の生徒ほぼ全員が出席。午前10時から大学教員による模擬授業体験を70分間の短縮バージョンで。その後クラスごとに現役大学生との座談会。そして最後に大学ダンスサークルによる歓迎パフォーマンス…。この企画は全て大学側の職員によるもので、要するに「ぜひうちに来て下さい。」というものだ。模擬授業では、私は経済学部の教室での監督となった。座談会に出席する大学生は、模擬授業の時からプリントの配布などを手伝うためにすでに教室にいた。全部で5人、全て男子だったのだが、まず見てビックリである。学生達の外見のことだ。茶髪率100パーセント。うちロン毛2名。一部始終帽子を着用していた者1名。腰パン率100パーセント。どいつもド派手な格好だ。私は授業開始直前、教室の入り口付近に立っていたのだが、彼らが教室に入ってきたので、ナメとるのかこいつらは、と思いながらも「こんにちは。」と挨拶をした。彼らは一瞬目をこちらに向けたが、言葉は発さず素通りだった。挨拶もできないのか。思い思いの格好をして好き勝手生活している大学生がいることくらい百も承知だが、自分の学校の見学会で、高校生を前にして話をする立場の者が全く場をわきまえずに振舞う姿には憤りを感じずにはいられない。あるいは、ファッションに敏感な高校生の前に立つということで、余計にめかし込んでいるのだろうか。そもそも大学側はなぜこんなやつらを使ったのか。私のいた経済学部だけではない。全部で6学部の模擬授業があったのだが、どの教室にいたものもろくでもない格好だった。法学部所属の学生もいたようだ。「コイツが将来人を裁くのか・・・」。担当の大学職員は特に悪びれる様子もなく、「すみません、こんな子達で」という感じもない。終始笑顔で、むしろ自信に満ち、はつらつとしていたような印象を受ける。
 模擬授業の担当は比較的若い経済学専門の教員だった。内容は高校一年生を対象としたものとは思えないほど難しく、当然生徒達はわけが分からず、開始後20分程度にしていやな空気が流れ始めた。そして50分も経つと、どうんと海の底まで沈んだような空気に耐えられなくなったのか、講義は予定より20分も早く終了した。何たる杜撰さであろうか。後で聞けば、「高校3年生だと思っていた」のだそうだ。一体どんな打ち合わせをしているのか。本当に学校を売り込む気があるのだろうか。
 そして座談会。悪い予感は見事に的中。陽気で極めて軽いノリのトークが始まった。ロン毛茶髪腰パンは、開口一番こんなことを言ったのだ。
 「みんな、今日は大学生活のことなんでも聞いて。とりあえずウチら学校生活めちゃめちゃ楽しんでんだけど、まず高校と違うところはなんつっても自由なところ。みんな今は頭髪とか服装とかうるさく言われてるだろうけど、そんなの一切ないからね。茶髪にしようが腰パンしようが、短いスカートはこうが、ピアスしようが何にも言われないから。ほんっとに自由。別に学校サボってもかまわないし、遅刻しても誰も何にも言わないから。サークル入れば出会いもあって楽しいし、ほんと、ぜひうちの学校に来てよ。」
 その後彼は、高校生から「彼女いますか?」とのありがちな質問を受け、自分の薄っぺらい恋愛論を曝け出し、その他どうでもいい質問に答えて座談会は終了した。
 そして、極めつけにダンスサークルのパフォーマンス。ひと口にダンスと言っても様々であるが、ここでは当然の如く、いわゆる今時の高校生の興味の対象であるダンスである。そのスタイル、しゃべり方、身のこなし方は教室にいた学生達に輪をかけたものであったことは言わずもがなである。パフォーマンスは30分程度で終了。そして見学会は幕を閉じた。一体なんだったんだ。こんなもの生徒達にとって百害あって一利もない。肝心な模擬授業はいい加減。今時の高校生を振り向かせるために都合のよい「うちの大学に入ればこんなに楽しいことができるんだよ」というアピールのためのダンスパフォーマンス。実にいやらしい戦略である。本末転倒とはこのことだ。ダンスを見ているとき、大学の教員や職員達は終始笑顔であった。この見学会を「良しとしている」のだ。高校の教員達は呆れていた。私の頭の中では「世も末」という言葉がぐるぐると回るばかりだった。
 そう言えば、我が校に訪ねて来る卒業生も大半は茶髪だ。中には「その格好で母校に顔を出すなよ」と言いたくなる学生も少なくない。結局どんなに高校のときに厳しく指導しても、その3年間だけなのだ。高校生は高校生らしく。しかし卒業してしまえばみな大変身を遂げる。一体今までの指導はなんだったのか。「高校生は高校生らしく」の前に、「日本人は日本人らしく」ということが今の社会には既になくなっているのだ。大体「らしさ」というものが今やタブーであるのだからどうしようもない。本来なら「日本人らしさ」があって「日本の高校生らしさ」があるべきなのに。
 腹の立つことに、今のいわゆる日本の若者の格好や考え方に違和感を抱かない大人はたくさんいる。つまり本をただせば、そういう若者はそういう大人に教育されてきたということだ。一方、日本の若者の現状を憂う人も多数いる。しかし、一体どちらがどれほどいるのだろうか。今日の見学会を違和感を抱くことなく終えることができる日本人はどのくらいだろう。茶髪を「表現の自由・自己決定」として「良い傾向」とする輩だっているわけだ。また逆に、この見学会に憤りを禁じえない、という日本人はどのくらいいるのか。そしてとても気になるのが、我が生徒の中で「今日の見学会は実りのあるものだった。あの大学生たちのようになりたい。」と思っている子はどのくらいで、「こんな見学会来なきゃよかった。あんなふうで良いわけがない。」と思っているのはどのくらいなのか。何人かに聞いたところ「つまらなかった」という生徒もいたのは救いだった。
 帰りに新宿の紀伊国屋に立ち寄ろうと東口を出ると、相変わらずの「世も末」な若者たちの人波。この国は何処に向かって進んでいるのだろう。行きかう人ごみの中に、旭日旗を掲げた一台の街宣車が止まっていた。「がんばれ日本!立ち上がれ日本人!」の横断幕。一水会の方がマイクを握っていた。
2006.10.14 Saturday 23:24 | comments(7) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

「英語で修身」の実践 「孝行」

 「英語で修身の内容をやると良い」と言っているだけでは始まらないので、とりあえず修身の教科書から短めのものを抜粋して英語に直してみた。
 以下は、二宮金次郎を題材にした、第三期(大正7年〜)の「尋常小学修身書 巻三 児童用」から第3項「かうかう」(孝行)である。

(英文)
 Filial Piety
 Ninomiya Kinjiro’s family was very poor. Kinjiro had always helped his parents ever since he was a little boy. When Kinjiro was fourteen years old, his father died. Their life became even harder, and so Kinjiro’s mother had to leave her youngest son with her relatives. However, every night after that, she was too worried about him to sleep well. Considering his mother’s feelings, Kinjiro said to her “I’ll work hard for you and my brother so that we can live all together again. Please bring back my little brother.” His mother was very glad to hear that and hurried to her relative’s house to get her little son back. After that, They lived happily together.
Filial piety is the beginning of virtues.

(原文)
第三 かうかう
二宮金次郎は、家が大そうびんぼふであつたので、小さい時から、父母の手だすけをしました。
金次郎が十四の時父がなくなりました。母はくらしにこまつて、すゑの子をしんるゐへあづけましたが、その子のことをしんぱいしてまいばんよくねむりませんでした。金次郎は母の心を思いやつて、「私が一しやうけんめいにはたらきますから、おとうとをつれもどして下さい。」といひました。母はよろこんでそのばんすぐにしんるゐの家へ行つて、あづけた子をつれてかへり、おや子いつしよにあつまつてよろこびあひました。
 孝ハ徳ノハジメ。

「修身」全資料集成

修身のことを知ろう!
「修身」全資料集成 (四季社)
序:渡部昇一 監修・解題:宮坂宥洪

2006.10.09 Monday 02:56 | comments(0) | trackbacks(0) | 英語・英語教育 | 

脱・「日本を滅ぼす英語教育」

 修身、道徳、宗教教育、いずれの実現も難しい我が国の学校教育を尻目に、英語教育はなぜか恐るべき猛威を振るっている。

 開国以来日本は、「脱亜入欧」という言葉があるように欧米列強に追いつけ追い越せと、海の向うの文化、優れた技術、社会制度、学問などを必死になって取り入れ、我が国の独立を死守しようとした。欧米の書物から学ぶために英語の読み書きに勤しんだ。当時の日本人にとっては、英語は欧米列強と肩を並べるために必要不可欠なものだったのだ。異国の文化を取り入れる。英語はその手段として日本人に利用された。鈴木孝夫氏は「日本・日本語・日本人」の中でこう述べている。

 「明治初期の英学の実態とは何かを一言で言えば、それは海外からもたらされる洋書あるいは原書と呼ばれた英語の書物を解読して、そこに書いてある日本にはない先進国イギリスのもつ高度な技術や学問知識を学び、更には広く西洋一般の歴史、社会、法律、経済、哲学や文学なども知識までも、それらを可能な限り日本に取り入れて、日本を改造するための知的な作業であった。」(「日本・日本語・日本人」大野晋・森本哲郎・鈴木孝夫共著)

 欧米に追いつき、世界を動かす経済大国、技術大国となった今の日本において、我々日本人は何のために英語を学習しているのか。年齢や立場によって人それぞれ目的はあろうが、例えば中央教育審議会をはじめ小学校英語肯定論者は、往々にして早期英語教育を「国際理解教育の一貫」と位置づけたがる。しかし実際やっていることはネイティブスピーカー至上主義に基づいた「どれだけ英米人のしゃべり方、身振り手振り、雰囲気をうまく真似できるか」というお稽古のようなものである。英会話学校における学習(?)もまさにこのお稽古に他ならない。その証拠に、英会話学校のインストラクターのほとんどは英米出身の白人が占めている。

 明治の日本が、欧米の文化を取り入れるために英語を学んだように、言うまでもなく言葉と文化は密接な関係にある。日本独自の文化は日本語なくして形成されることはありえない。日本の文化・伝統を正しく後世に伝えていくためには、いつの時代にもきちっとした国語教育が必要である。ところが、我々日本人は世にも珍しい「自国の言葉を捨てたがる民族」である。英語の国語化を提唱した森有礼、日本語を不完全な言語とし、日本語廃止・フランス語採用論という暴論を吐いた文豪・志賀直哉もさることながら、街にあふれる横文字、ありとあらゆる品物につけられた外国語の商品名を見ればそれは明らかだ。多くの日本人にとって、日本語は「ダサく」て、英語やその他の外国語は「カッコいい」のである。しかし、危険なことに、外国語を取り入れれば取り入れるほど、それに付随する文化までもが日本に入り込んでくることになる。現在小学校にまで侵蝕しつつあるネイティブ至上主義の英語教育は、言語と文化間の密接な関係が故に、英米の文化をしっかりと連れて来た。教育内容が読み書きよりも会話中心になればなるほど、あるいは教員にネイティブスピーカーが増えれば増えるほど、「アメリカン」な、あるいは「ブリティッシュ」なセンスを身につける得体の知れない似非日本人を増産するようになってしまった。もはや我が国は、英語という言語に支配された植民地である。

 英語教育に携わる人間ほど、英語を売り物にしているだけにこのようなことに気付かない。というより、英語教育者がすでに似非日本人であることが少なくない。なかんずく英語教育=国際理解教育と考えている英語教員は曲者であることが多いように思う。と言うのは、国際理解教育は「価値観の多様化」というキーワードに結び付けられやすい。つまり、この手の英語教員の考え方に多く見られるのは、「日本人の価値観に固執してはいけない。世界には様々な民族がいて、多種多様の価値観や文化がある。日本人だから、何人だから、という線引きは要らない。みんな同じ人間。我々は地球市民じゃないか。」というものである。そのような考えの人にとっては、ネイティブ至上主義の英語教育が日本の社会にとっていかに恐ろしいものかなどということは分かるはずもない。そして、その成れの果てが、以下のような英語教師の声である。

 「英語の教科書を開くと、そこにはいろいろな文化・いろいろな人々・いろいろな価値観がぎっしり詰まっています。違う価値観を持つものに対して偏見を持つな!と訴えている教材も少なくありません。そんなことを教えながら、なぜ何から何まで同じ格好をするよう指導しなければならないのか・・・・・・。」(寺島隆吉著:「英語にとって教師とは何か?」)

 この言葉は寺島隆吉氏の著書に紹介されている、服装、化粧、ピアスなどの生徒指導に悩む若い女性教員のものである。ちなみに著者の寺島氏は、「多様な価値観こそ英語教育の要」と言ってのける人物で、当然この女性教員の言葉に対しては好意的だ。服装は個人の「思想・表現の自由」のひとつであり、職場でもネクタイをする気にはなれない、と言っている。寺島氏のこの著書は、私が今までに読んだ英語教育関係の書物の中で最悪書のひとつである。彼自身の生徒の服装指導に関する言葉をいくつか紹介すると、

「『どんな服装がよくて、どんな服装が悪いか』は、これといってはっきりした根拠が全くない」

「例えば、一般に女性の服装だと思われているセーラー服は、実はアメリカ水兵の服装と同じであるし、スカートを男性がはいている民族は世界にいくらでもある。」

「アメリカの中学・高校を訪問したことがある教師なら誰でも知っていることだが、服装は全く自由だし、化粧をしてピアスをしている生徒がいても、それが当然のごとく受け入れられている。日本人だって、髪が白くなって格好悪いと思えば、それを黒く染める人は少なくない。」

「服装の取り締まりは、教師と生徒の亀裂を深め、授業不成立の原因をつくるという点で、百害あって一利もない。したがって当面、服装の取り締りからは一歩退くことである。」

「服装問題は『正しいかどうか』ではなく、『当人がその姿を気に入っているか』、当人が気に入っているとしても、『それを見た相手が、その姿を似合っていると思うか』という問題にすぎない」

と、このようなことを大真面目に語っているのである。嘆かわしい今の高校生の倫理観などものともせず、むしろピアスをすること、髪を染めることを「自ら表現方法を選んで決定できた」ということで「良い傾向」であると言いたげだ。日本をダメにする英語教育とはまさにこのことである。

 国際理解を深めるための英語教育から多様な価値観を学び、その結果日本人の価値観を捨て、地球市民なるものを目指した先に何があるのか。結局は、多様な価値観を尊重するために身につけたはずの英語が、少数民族の価値観やアイデンティティを抹消し、世界の言語の英語単一化を助長し、英語文化の世界支配に一役買っているということに他ならないのである。

 私はいっそのこと「修身」の教科書から、現代の日本社会においても通用する貴重な徳目を抜粋し、英訳して英語教材として使えないだろうかと考えている。必要以上の英語文化の侵入防止策と同時に、日本人教育の一助にもなる。さらに、「日本人の英語話者」として、真の国際交流ができる人材の育成にもつながるのではないか。このような発想は、相当の非難を浴びることは請け合いだが。


★「修身」のことを知ろう!
「修身」全資料集成
「修身」全資料集成
宮坂 宥洪, 渡部 昇一
2006.10.01 Sunday 10:30 | comments(2) | trackbacks(0) | 英語・英語教育 | 

クールビズについて思うこと

 高校生の身だしなみ、服装の乱れを正すことは生徒指導上の大きな留意点である。ネクタイをだらしなくぶら下げている男子生徒の指導に手を焼いているのはどの高校の先生も同じであろう。いや、すでに「ばかばかしいイタチごっこ」とさじを投げてしまっている学校も少なくないかもしれない。ピアスや女子生徒の化粧の指導で手一杯だという学校もあろう。みんなと同じ格好をすることで安心感を得ようとする高校生を、頭ごなしに叱ってもどうにかなるようなものではない。効果的な指導するのは実に困難なことである。

 我々日本人は、欧米人に比べて仕事や学習の場において、きちっと正装をして臨むという社会規範を強く持っている。それは学生の制服、サラリーマンのネクタイにスーツという格好を見てもわかるだろう。私は大学院生時代に2年間の米国留学を経て帰国したとき、「日本人は誰も彼もネクタイを締めて、なんて窮屈な生活をしているんだろう。」と思ったものだ。

 しかし、普段の生活はさておいて、なぜ仕事中や学習中にきちっとした服装が求められるのか。ネクタイをしっかりと締め、きちっとした格好をすることで気持ちに張りが出て、背筋がぴんとなる。「さあ、仕事に取りかかろう。」「よし、勉強するぞ。」という凛とした姿勢が出来上がる。その姿勢は集中力を生み、今、自分はこの仕事を成し遂げなければならない、というある種の責任感をも生み出すのではないか。

 一方、ネクタイをゆるめれば気もゆるむ。仕事帰りの居酒屋で首元を広げて一杯やることに違和感を覚える人はいないだろう。高校生にしても、退屈な授業中に机に突っ伏して居眠りをする時に、首元をぎゅっと絞めつけていては寝心地が悪いというものだ(多くの生徒の場合、ネクタイがゆるんでいるのは居眠り中だけのことではないが)。つまり、ネクタイを締める、ゆるめる、という行為は気持ちを締める、ゆるめるということに大きくかかわっていると言えよう。

 ところが、近頃、若者を指導する立場の大人たちが自らネクタイを捨て始めた。すなわち「クールビズ」なるものの流行である。今さら説明するまでもないが、地球温暖化防止策として昨夏スタートしたキャンペーンで、ネクタイをせずに、胸元の風通しをよくして、エアコンのエネルギー使用を最小限にしようという試みだ。私はこのクールビズに何か釈然としないものを感じていた。とは言え、地球温暖化が深刻な問題であることは明らかであり、公然と反論しがたい世の中の風潮というものもある。さらに、もしそのクールビズが功を奏しており、微力であれ地球温暖化に歯止めをかけているのであれば、そのメリットを認めざるを得ない。しかし、あえて反論するならば、ネクタイをはずすことが社会に「気のゆるみ」を生じさせはしないか、ということである。あるいは、無責任な言動が横行する日本社会の様々な業界において、人々の無責任さに拍車をかけたりはしないかということを私は危惧するのだ。病院関係の医療ミス、政治家や教職員の不祥事、若きIT革命児の大失態など、日本人の無責任さを露呈する出来事は増加の一途をたどっている。いくら切腹しても足りないくらいだ。

 かつて日露戦争で日本海海戦に勝利し、国民的英雄となった東郷平八郎は、古人の言を借りて「勝て兜の緒を締めよ」と言った。勝利を得ておごる態度を戒めた言葉である。また、慣用句にあるように、覚悟を決めて物事に当たることを「ふんどしを締めてかかる」と言うし、今一度気持ちを入れ直して仕事にかかることを「ふんどしを締めなおす」と言う。兜もかぶらなければ、ふんどしも締めない現代人にとってそれらに代わるものは何か。それはネクタイであろう。ネクタイを捨てた日本人は、謙虚さをなくして横柄な態度をとるようになりはしないか。いざという時に覚悟を決めて責任を果たすことができるか。反省を活かし、凛とした姿勢をもって再度物事に取り組むことができるか。長い間、暑い夏もがまんしつつネクタイをしめて働いてきた日本人にとって、その慣習を簡単に捨ててしまうことは、実は何か大事な歯車を狂わせる危険な大転換であるように思えてならないのである。

 現時点では、「だらしがない」という正当な反対意見もあり、クールビズがそれほど国民の間に広く定着しているとは言えないかもしれない。しかし、夏が来るたびにクールビズ人口が増加し、学校教育においても「ネクタイをきちっと締めなさい」といった指導がなくなっていく可能性も十分に考えられる。弛みきったこの国は、文字通り国民全体が「ふんどしを締めなおし」てかからなければならない時期にあるというのに、その逆を行くような国民運動が起こることは私にとって実に理解に苦しむところである。
2006.10.01 Sunday 10:28 | comments(1) | trackbacks(1) | 憂國・教育 | 

渡嘉敷島集団自決・軍命令は創作

 8月27日付けの産経新聞に、大東亜戦争に関する日本人の誤った知識を是正する記事がありました。以前から信憑性を問われていた「渡嘉敷島集団自決」に関しての記事です。
  
 第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。

 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。

 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。

 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。

 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。

 300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。

 その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)

 あの戦争の悲惨さを再確認すると共に、赤松元大尉の寛大な配慮に胸を打たれる証言ではありませんか。

 渡嘉敷島の件と同等のものとして語ってはなりませんが、ただでさえ南京事件をはじめ、戦後の歪められた日本人の歴史観を作り上げたプロパガンダや、捏造された日本軍の悪行などには枚挙にいとまがありません。知られざる真実はあちらこちらにあるのでしょう。この記事の証言者である照屋昇雄さんも当初は「この話は墓場まで持っていこう」と誓ったそうです。そのようにして秘密を他言することなしに亡くなった人も少なからずおられるはずです。

特攻隊を軍国主義のかわいそうな犠牲者という見方でしか語ることのできない少なからぬ人々の発言で、あまりにも有名になってしまった「片道分の燃料しか積まなかった」という説もどこから湧いてきたものなのか。戦時中、各地の飛行基地を転戦し死と隣り合わせの日々を過ごしたという神坂次郎氏は、この説を真っ向否定します。

 特攻に出る場合、「片道燃料」しか積んでいなかったという人があります。どうせ死ぬのだから、帰り半分は必要ないから、片道でいいだろうと・・・・・・。とんでもないウソです。整備兵は、自分の手掛けた飛行機にはものすごく愛着を持っているんですよ。若い搭乗員がその飛行機に乗って、帰らぬフライトに旅立つんですよ。どんな旧式の飛行機でも、ガタがきている飛行機でも、完璧に整備しようと出撃の前夜は、その特攻機の翼の下で眠るというほど努力し、燃料も満タンにします。それがにんげんの情です。実際、彼らは「せめて新品の飛行機で行かせてやりたい」という思いで心の中で哭きながら、ボロ飛行機の整備に格闘していたのです。(「特攻隊員の命の声が聞こえる」PHP文庫)

日本が自虐史観から目覚めるのはいつの日か・・・。

特攻隊員の命の声が聞こえる―戦争、人生、そしてわが祖国
特攻隊員の命の声が聞こえる―戦争、人生、そしてわが祖国
神坂 次郎

南京事件「証拠写真」を検証する
南京事件「証拠写真」を検証する
東中野 修道, 小林 進, 福永 慎次郎

2006.10.01 Sunday 10:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | 
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