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2008.02.25 Monday  | - | - | - | 

雑誌「新英語教育」の大罪

 最近、学校に毎月送られてくる三友社出版の「新英語教育」なる雑誌を読んでみた。似たタイトルで大修館の「英語教育」というのがあるが、両者のコンセプトは全く違う。というのも、「英語教育」については特筆すべきものではないのだが、問題は「新英語教育」である。これがとんだサヨク雑誌なのだ。先日、今年の9月号を手にとってみたのだが、見出しのトピックにはこうある。「平和教育に生きる〜9人が語る私と平和〜」と。そもそも、この雑誌を編集している「新英語教育研究学会」は、「英語教育は平和教育」であることを主張し続けてきたらしい。私は平和主義自体を真向から非難するものではないが、俗に「平和教育」というと、大きな問題を抱えていることが少なくない。この学会の目指す平和主義志向がどういった類のものかをわかりやすく言うと、教育基本法改正を「改悪」と呼び、社会の保守化傾向を憂う類のものである。

 以前にも書いたことがあったが、この手の英語教育を支持する教育者は、世界中の様々な民族のアイデンティティを尊重し、「多様な価値観」というキーワードを重視する傾向にある。他を尊重するのは大いに結構だが、そこに端を発して「日本人の価値観に囚われてはいけない。」という甚だしい本末転倒状態に陥るのだ。他を尊重するのになぜか自身を尊重しない。結局彼らの主張する平和教育とは以下のようなものになる。

 「世界中の多様な価値観を認め、戦争のない世界作りに努めよう。日本は先の戦争において近隣諸国に多大な被害をもたらし、多くの国民を死なせてしまった。日本の価値観にこだわっていると平和は決して訪れない。子供たちを再び戦争に行かせないために、国家を教育に介入させてはならない。子供たちの個性を伸ばし、人権を守ろう。」

 こういった教師の目には、戦前の日本の教育は全て悪として映る。そして、戦争をせず、平和でありさえすれば何でもよい、という錯覚に陥りがちである。そして「私は、すべてのいのちを尊敬します」などというきれい事を言ってのけるのだ。こういう人は犯罪者のいのちも尊敬するのだろうか。本当にあきれてしまう。

 ところで、この雑誌に「OPINION POSTERに願いを込めて!!〜平和の思いを届けよう〜」というページがあった。これはある中学校教員の実践した英語授業レポートである。生徒たちの平和への思いを英文のメッセージにして絵と英文でポスターを書かせるというものだ。出来上がったものは「人権文化発表会」(なんなんだこれは。)なる場で発表するらしい。あるポスターには大きくこう書かれていた。
 
 「“HUMAN − LOVE = WAR” War will happen when we forget love. It is important for people around the world to think about love.」

 「人間−愛=戦争」とはまたえらく安直なことを考えたものだ・・・。しかし、その場にいた先生はまず間違いなく「素晴らしいキャッチコピーを考えたね!」と誉めたことだろう。でなければ代表作品として雑誌に載せるようなことはしないはずだ。人間−愛=戦争・・・。私はこれを見てすぐさま特攻隊員として散華された方々のことを思い、憤った。国のため、家族のために命を擲った方々は愛をなくした極悪非道の人間であったのか。愛を持たないのはむしろそのような発想しかできない人間のほうである。といっても相手は子供だ。ということはつまり、そんな教育しか子供たちに施すことのできない教師にこそ「非道」という言葉が当てはまるのではないか。

 雑誌「新英語教育」は、一部始終がこのような思想一色で塗り固められており、吐き気を覚える。そして日本中で多くの英語教師が愛読しているのだと思うとため息が出るのであった。
2006.10.23 Monday 21:21 | comments(3) | trackbacks(0) | 英語・英語教育 | 

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2008.02.25 Monday 21:21 | - | - | - | 
にっぽんちゃちゃちゃ (2006/10/27 2:51 PM)
戦前の教育は優れていたと私は思います。
偏見で見てはいけないと思います。
ただ、その運用の仕方に問題があったと思います。
また、現在の平和主義についても疑問があります。
「人間−愛=戦争」とはまたえらく安直なことを考えたものだ・・・。私も同感です。
私は60年代後半のフラワームーブメントや日本でのべ平連の運動も見ましたが、当時の地から湧き上がるような運動と違い何か絵空事で空虚な感じがします。

全然話が違いますが...。
87歳のお婆との会話
お婆「最近孫の教科書見たんですがね、数学の内容がですね、私達のときより習う年齢が遅いのですよ。」
私「と言いますと?」
お婆「幾何、代数の習う内容がなんというか・・・、私達のときより簡単なのですよ。」
私「!?」
お婆「私達のときはもっと難しかったのですよ・・・。」
私「そうなんですか?」
お婆「ええ、どうしてこんなことになったものか分かりませんが。」
私「戦前はレベルが高かったんですね。」
お婆「私達は女学校でもそうだったんですけど、もう少し難しい問題を解いていましたよ。」

この時、私は教科書は年々レベルが高くなるという思い込みを叩き潰されました。
ふみこ (2006/10/29 1:14 PM)
>「人間−愛=戦争」
仰る通り、国を守る為に散っていった先人達に対する冒涜ともとれ、とても憤りを感じます。
以前法律関係の国家試験の参考書を何冊か比較して見ましたが、ほとんどが左翼思想に侵されていました。
安倍政権に教育改革を期待したいですが、この酷い現状を変えるにはまだまだ時間がかかるでしょうね。
カルマ (2006/10/29 9:17 PM)
にっぽんちゃちゃちゃさま
 今は大学1年生で高校の内容をやるところもあるようで。現場にいて思うのは、ゆとり教育直撃世代の生徒の学力のバックグラウンドはやはり非常に乏しいということです。





ふみこさま。
 安部政権の教育再生会議にはぜひ期待したいところです。メンバーが若干気になりますが・・・。しかし、もうすでに親の世代(ということは教師の世代)からおかしくなっているこの国の教育を一新するのは至難の業ですよね。私も現場の者としてがんばります。