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2008.02.25 Monday  | - | - | - | 

便利が人間をバカにする

 先日、3歳児がベランダから転落して死亡したという事故があった。少し前にも同じような事故があったような気がする。先日の事故の3歳児は、よくベランダの室外機の上に上って遊んでいるのを母親に注意されていたとのことだ。こういうことをすれば危険であるということを解さない子供。こういうことをしたら自分の命を落としてしまうのだということに気づかない子供が増えている。
 
 私には3歳と1歳になる子供がいるが、このたび新しい家に住みはじめて間もなく、「しまった」と思ったことがひとつある。それは、我が家にはガスが通っていないということだ。いわゆるIHクッキングヒーターという電気で調理したり風呂を沸かしたりする装置をつけたので、ガスいらずなのだ。なんでも最近は火力を使わなくても電気の生み出す強力な熱でおいしい炒め物などもできるらしい。妻の強い希望もあり、実際キッチンを使うのは私ではなく妻であるし、工務店に「ガスがなくて困ることはないのか」とたずねたところ「焼肉パーティでもしない限りはない。」とのことだったので、IHクッキングヒーターを採用する運びとなった。「しまった」と思ったが時すでに遅しである。これでは我が子にガスや火の怖さを教えられないではないか。ガスの通っていない我が家でどうやって子供たちに火の怖さを伝えよう。我々大人はまあいい。我々が子供のころにはIHクッキングヒーターなどというものはなかったわけだし、火の怖さは十分知っているからだ。しかし、今後IHクッキングヒーターが全国の家庭に普及したとしたら、これは由々しき事態ではなかろうか。普及して3世代もすぎれば大人も子供もガスや火に対する知識がなくなり、突然の出火などにものんびり対応してしまい、無知がゆえに命を落とすなどという事故が相次ぐことだろう。
 
 現代技術の生み出す便利さや快適さは確実に人間の脳をだめにし、感受性を奪っている。例えば、今のところそこまで普及はしていないが、日本のほとんどの人が外断熱や床暖房つきなどという快適な家に住んだらどうなるだろう。家の中は常に一定の快適な温度に保たれる。冬は暖かく、夏は涼しい。つまり家の中では、寒くて震えたり、暑くてたまらなかったりという経験をしないことになる。私の世代なら経験しているような、外から帰ってきてストーブをつけて、点火するまでストーブの前で震えて待つということもなければ、石油ストーブの石油が切れて、家の外に寒い思いをして石油を注ぎにいくということもない。楽を得るための苦というのを強いられないままに、楽がすでに目の前にあるのだ。そんな生活からは、少しでも不便な生活を強いられるようなことがあろうものなら耐えることを知らずにぶーぶー文句を言うような人間が当然のごとく育つだろう。そしてもっと言うと、自分の思い通りにならなければすぐに投げ出したり、キレたりするような人間が育つのではないか。
 
 古来日本人は、移り行く四季の中で類まれなる感受性を育み、詩歌などにもその季節感を繊細な手法で表現してきた。しかし今の生徒たちの作文ひとつとってみても、その「感受性からくる表現」の乏しさといったらない。
 
 本来冬は寒いのが当たり前で、夏は暑いのが当たり前である。私が常々いけないと思うのは、便座の暖かいトイレが増えていることである。様式便所の普及により和式便所でしゃがむ苦労を免れた我々は、少し前までは、特に出先では、様式便所とはいえ冬の便座は座るときにもも裏がヒヤッとしてとてもいやなものだった。もちろん今でも電気の通っていない便座もあるが、デパートやオフィスではほとんどが暖かい便座ではなかろうか。座るときに冷たいのは当然いやなわけだが、「冬の便座は冷たくて、トイレに行きたくないなあ。」ということを思うこと自体が豊かな感情を養う上で極めて大切だと思う。今の日本においては、何の不便もなく、痛い、つらい、寒い、などという感情を一度も体感することなく一日を終えるということも少なくないはずだ。それは、「生きているという実感がない」という若者の心情の大きな原因のひとつである。そして、「他人の気持ちがわからない」という問題にもつながる。自分が痛い思いや、寒い思い、つらい思いをしなければ、他人のそういった気持ちもわかるわけがないのだ。人の痛みを知らない者がケンカをすると限度を知らない。おまけに苦労をしていないから我慢がきかず、ついエスカレートしてしまい、相手を殺してしまうなどということが起こる。また、現代の若者の無気力や虚無感なども、生きている実感を得ることのできない生活が原因になっているのではないか。楽を得るための苦を必要としない日常からは「頑張ろう」などという気は起きないのだろう。
 
 若いときの苦労は買ってでもしろとはよく言ったものだ。極度の利便性は人間から苦労の機会を奪い、人間をバカにする。人は弱い生き物で、安きに流れるのが常だ。便利なものが出たら使いたくなるのが普通だろう。だからこそ世の中の便利化に待ったをかける必要がある。フランスで時速500キロの電車が完成?絶対必要ないでしょう。
2007.04.12 Thursday 22:10 | comments(3) | trackbacks(2) | 憂國・教育 | 

木の家に住み始める

 年度末の成績処理に忙殺される日々。ブログの更新をする暇などないはずなのだが、一寸仕事を中断して書いている。そして今月の末には現住の賃貸マンションからついに引っ越す予定となっており、まさに多忙の極みである。いま、去年の秋に着工した念願の新しい我が家がほぼ完成している。いわゆる無垢の木の家づくりを身上とする、信頼できる小さな工務店にお世話になっているのだが、家の中に入ってみると、松、杉、ヒバ、桜、などの木の香りがたまらない。家の真ん中には8寸3分ほどもある大黒柱がどんと立っていて、それがまた感激である。樹木に囲まれた暮らしというのが憧れであった。環境問題に直面している現代において、日本古来の樹木信仰はつくづく尊いものだと思う。実際には、仕事の関係上それほど田舎に引っ込む事は出来ないので文字どおり自然の木々に囲まれての生活という具合にはいかないが、自然の木で作られた我が家をありがたく頂戴し、大切にしていきたい。
 ところで、柱というのは家の核となる「木の主」である。主という漢字は燭台の炎が燃えている形から来た象形文字である。その灯りを囲むように家族が集う。一家の中心が主である。それに木へんがついて「柱」。はしらの「はし」というのは「神の領域と人間の領域をつなぐもの」である。神社の境内と外を結ぶところにはいつも橋(はし)がある。神の恵みである食べ物を人間の口に運ぶものは箸(はし)。古事記においても柱は天と地を結ぶものであり、神々が天地を行き来する橋もたくさん出てくる。我が家の大黒柱を見るにつけ、そんなことを考えたりする。そもそも自分の土地になったとはいえ、この土地にも前から神さまがおられるわけで、我が家の木の香りを胸いっぱいに吸い込むと、とても神聖な、敬虔な気持ちになるのだ。自然を敬い、先祖を敬う。日本人の生活の中から生まれた神道とはなんとすばらしいのだろう。光、空気、土、水、木、それら全ては神の宿る人間を超越したものである。そして我が国にはその大自然の源である太陽を象徴した国旗もある。新しい我が家を拠点に、日本人であることの喜びをいま一度かみしめて新年度をスタートさせたい。


画面右、新居8寸3分の大黒柱
大黒柱
2007.03.19 Monday 23:57 | comments(2) | trackbacks(1) | 憂國・教育 | 

中国の策略:米国名門大学にアイリス・チャン像

 いわゆる「南京事件」に関するドキュメンタリー映画がハリウッドで公開予定、というとんでもないニュースを先日聞いたかと思ったら、またもや日米の離間促進を目論む中国の対日批判活動である。平成19年2月20日付の産経新聞に「なぜ米名門大にアイリス・チャン像」という見出しがあった。
以下、同紙からの抜粋。

 1937年(昭和12年)の南京事件を描き、多くに資料誤用が指摘された「レイプ・オブ・南京」の著者アイリス・チャン氏(故人)の胸像が、米カリフォルニア州の名門スタンフォード大学に寄贈された。贈ったのは人権、歴史問題で対外宣伝工作にあたる中国の組織「中国人権発展基金会」。30万人の大虐殺を掲げた南京の事件記念館に置かれているチャン氏像とまったく同じもので、寄贈の意図をうかがわせている。(中略)
対外宣伝関係の古参幹部で基金会の常務副会長を務める楊正泉氏は05年9月付の文書で、チャン氏像を南京の記念館とスタンフォード大に寄贈する決定(04年12月)を明らかにしていた。
この文書の中で楊氏は「レイプ・オブ・南京」が全米でベストセラーになった宣伝効果を絶賛した。過去の対日歴史批判が「欧米など第三国への宣伝を重視しなかった」ことで「日本政府に国際的な圧力を感じさせられなかった」と反省している。こうした文言から、チャン氏像の寄贈が、米国を巻き込んだ対日批判活動の象徴であることが浮かび上がってくる。

 アメリカではどのようにこのニュースが報じられているのかと思い調べてみたところ、まず最初に「Chinese in Vancouver」というカナダの中国人向け新聞の記事を見つけた。“Iris Chang's statue unveiled at Stanford University”(アイリス・チャンの銅像、スタンフォード大学でベールを脱ぐ)という見出し付きだ。以下、同紙記事抜粋拙訳。

 「これは、日本の戦争犯罪を世に知らしめることに尽力したアイリス・チャンの勇気と献身に対する表彰と感謝の印です」と母ユンユン・チャンは語る。(中略)
1937年の南京大虐殺において、まず侵略日本軍は揚子江方面へその足を伸ばしていった。
日本軍は当時の首都南京を占領し、まもなく流血を求める征服へ(soon conquest was followed by bloodlust)突き進む。日本軍は南京の数区画内に収容された100,000人から300,000人の民間人を大量殺戮した。

 
 続いて、“Chung: The real healing begins for mother of Iris Chang”(チャン:アイリス・チャンの母への本当の癒しが始まる)と見出しが付いたアメリカのMercury News紙は、今年は南京大虐殺の70周年記念であるとして「南京事件」を以下のように定義している。以下拙訳。

 南京大虐殺とは1937年〜38年の冬に当時の首都南京の民間人に対する暴徒化した日本兵(rampaging Japanese soldiers)による強姦、手足などの切断(dismemberment)、無差別殺人(indiscriminate killing)などで 8週間にわたって南京を血の海にした事件である。

 なんたる言いぐさだろう。また、同紙は、ドキュメンタリー映画「南京」が、サンダンス映画祭にて今週公開される(された?)こと、今月スタンフォード大学内のフーバー研究所にアイリス・チャン像が寄贈されたこと、アイリス・チャン・メモリアルエッセイコンテストなるものの初代優勝者が決定したこと、カナダの映画会社がアイリス・チャン物語「忘れられない女性」(The Woman Who Couldn't Forget)なる映画制作に着手していること(!)を記事にしている。アメリカやカナダのメディアの南京事件に対する認識はいまだに中国のそれとなんら変わりのないものであることがわかった。
 アイリス・チャン像が寄贈されたスタンフォード大学には当然世界各国からたくさんの学生が留学しているはずだ。2004年の時点で、中国人のスタンフォード大学への留学生総数は409人で、全留学生の中で1位だそうである。現在何人の中国人留学生がいるのかは不明だが、アイリス・チャン像の寄贈をうけて彼らがねつ造された中国側の主張を口コミで広げていくことは明らかである。その時日本からの留学生はどういう行動に出るのか。日本人留学生がアメリカ人のクラスメートと一緒に像の前を通りかかったとする。果たして日本人として汚名を晴らすべく弁明できるデビルマン学生(日本人としての誇りを持って英語という武器を操る学生)は何人いるのか。正しい歴史認識とそれを説明する英語力。そう考えたとき、まことに残念ながらほとんど期待はできないだろう。


        娘アイリスの像をなでる母ユンユン・チャン
娘アイリスの像をなでる母ユンユン・チャン

2007.02.21 Wednesday 02:34 | comments(4) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

日本人留学生よ、デビルマンであれ!?

 英語教師という職業柄、生徒に留学の相談を受けることは少なくないが、その度に決まって私はこう言う。「留学は大学に入ってからでも決して遅くはないよ。高校のうちは日本で文武に励むべきだ。」と。高校生が留学というと行き先の大半は英語国、すなわち英米豪加のいずれかである。中でもアメリカはいまだに根強い人気を博しているように思う。日本人であるならば、日本で暮らしていくならば、よほどの理由がない限り人格を形成する上で極めて大切であり多感な十代の時期を、どこの国であれあえて日本以外の外国で過ごすことに私は賛成できない。現に高校生にして米国留学をして、帰国したときにはなんとも無礼で軽薄な、およそまっとうな日本人とは思えぬ、しかもアメリカ人にもなりきれぬ得体の知れない人間に豹変してしまった生徒を私は過去に何人も見ているのだ。私自身も大学院の2年間をアメリカで過ごしているのだが、キャンパスにいた高校を卒業して間もない日本人留学生の多くは、アメリカの自由気ままで陽気な雰囲気に完全にやられていた。いわんや現役高校生をや、である。青く澄んだ空、さんさんと降り注ぐ日差し。レンガ調の校舎。キャンパス一面を覆うこれでもかと言わんばかりのだだっ広い芝生。すれ違いざまに知らない人から受ける笑顔と挨拶。一寸向こうに目をやると、フリスビーを追いかけ走る犬。青々とした芝生の上に腰を下ろし、明るい日差しを受けてくるくると優しく回るスプリンクラーの銀色を眺めながらホットドッグをコーラで流し込めば、必ずや留学生はこうつぶやくだろう。「アメリカ、最高・・・!」
 別にアメリカを好きになることが悪いわけではない。私もアメリカのあの広大な大地や澄んだ青い空を心地よいと思うし、日本なら間違いなく頭がおかしいと思われるような、赤の他人へ対する満面の笑顔の挨拶攻撃をくらうと、それはいい気分になる。今でも「また行きたい。」素直にそう思う(決して住みたくはないが)。学生の頃から日本をこよなく愛し、他の多くの留学希望者の場合と違って、「日本を離れるのは寂しいがアメリカに留学するのは英語教員になるための修行であるからいたしかたない」と思っていた私でさえ、いざ行ってみるとアメリカにかぶれた時期もあった。しかし帰国便の機上からみた富士山の美しさと、着陸後まっさきに食べた寿司の味は今も忘れられない。
 話を戻そう。「アメリカってなんてすばらしいんだろう!」と思った多くの日本人留学生が次に思うことはこうだ。「日本はなんてつまらないんだろう」。日本にいては息が詰まる。高校では同じ髪型で、同じ服を着て学校に行って、校則に縛られて、ひとつ年下なだけで先輩に敬語を使うことを強いられて、狭い家で受験勉強なんて無意味なことをやって、日本なんて国のどこがいいのだと。その全てにおいて逆の生活がアメリカにはある、ということに感動するのだ。
 留学生は、現地で生活し始めるとまず現地人の友達作りに躍起になる。それは当然の行動だろう。アメリカであればアメリカ人の友達を作って、実生活の中で活きた英語を学ぶというのは留学の主たる目的のひとつだからだ。ところがこれが諸刃の剣で、アメリカ人との交流を深めていく際に、日本人としてのアイデンティティを保ちつつそれができるかどうかという重大な問題を孕んでいる。ガイジンコンプレックスを持った日本人の中には、必ず大いなる勘違いをする者が出てくるのだ。自分以外の日本人を嫌うようになる輩である。アメリカはすばらしい。日本はなんてダサいんだ。そんな思いはいつしかアメリカにいる他の日本人に対する軽蔑の目を生み、自分は日本人を脱してアメリカ人になるのだと本気で思うようになる。そして、アメリカ人の友達を尊敬のまなざしで見つめ、「自分もあんた側の人間だ。仲間に入れてくれよ。」となり、あげ句の果てには日本や日本人の悪口をその友達にするようになるのだ。彼らはよりアメリカ人的に振舞うことに余念がない。スラングを自由に操り、違和感のないジェスチャーや表情を交えて会話できるようになりたいと心底思っている。しゃべり方、立ちふる舞い、聴く音楽、着る服、彼らにとってこの上なくクールである友達を教科書としてアメリカンな自分を創っていく。アメリカデビュー。ダサい日本の自分よ、さようなら。オレのいるべき場所はここだ。そして恐るべき脱日入米は続く。さらにエスカレートすると、ピアスの穴を耳だけにとどまらず、ヘソや舌など体のいたるところに開ける者、タトゥーを入れる者、薬物に手を出す者などもう誰にも止められない。日本に暮らす両親が見たら一体なんと言うことだろう。まるで悪魔に取り付かれたかのように性格まで変わってしまうのだ。そう、悪魔に取り付かれたように・・・。
 私は常々思っていることがある。それは「留学生はデビルマンであれ」ということである。なんとも新年早々滑稽な話で申し訳ないが、皆さんは永井豪作の「デビルマン」という漫画をご存知だろうか。人類を殲滅し地球を征服せんと企む悪魔の手から愛する人々を救うために戦う男の話である。悪魔と戦うには人間の能力では無理だ。人間が自ら悪魔と合体し、悪魔の力と頭脳をもって戦うしかない。しかし、誰にでもそれができるわけではない。並の人間では心まで悪魔に奪われてしまい、結局は悪魔そのものとなって人類の敵となってしまうのだ。強い正義感と極めて純粋な心を持った者だけがデビルマン(悪魔の能力と人間の心を持ち合わせた者)になれる。つまり、デビルマンとは悪魔と合体しても魂までは譲らない強靭な精神を持った人間なのだ。漫画では不動明という主人公がデビルマンとなって悪魔と戦うわけだが、もうお分かりだろうか。この図式をそのまま日本人の米国留学生に当てはめてみると明治時代の「和魂洋才」のようなもので、真の日本人としての心と魂を持たずして留学すれば、アメリカという悪魔にいとも簡単に飲まれてしまい、心までアメリカ化してしまう。この場合、日本にとってその留学生は百害あって一理なしだ。一方、日本人としての誇りを持って留学したならば、日本人のままで英語という武器(悪魔の能力)だけを手にすることができ、その「武器としての英語」が日本の社会を救う一助となりうる、ということである。
 つまり、日本の伝統・文化、正しい歴史を十分に知り、その上で日本を、また日本人であることを誇りに思う者のみに海外留学をする資格があるのだと私は思う。日本の学生を留学後に似非アメリカ人にさせないためには、やはり自国の文化に誇りを持たせる教育が不可欠なのだ。わざわざ「日本はダメな国です」ということをアピールしに外国へ行くなど断じてあってはならない。さらにそういう留学生が帰国した後に日本でとる言動も推して知るべしである。
 つい先日、私が英語を担当している高1の女子が1名、留学に旅立った。場所はオーストラリア。期間は1年間。中3のときは担任であり英語も教えていたので、約2年間彼女を受け持ったことになる。「なにも今留学する必要はない」と説得したが、本人の強い意志がありオーストラリア行きが決まった。比較的自分というものをしっかり持ち、礼儀をわきまえた生徒で、出発の前日に「日本を離れるのが辛い」とこぼしていたので少し安心している。留学前にアドバイスとして私の言いたいことはだいたい伝えた。場所こそアメリカではないが、一年後にデビルマンになって帰国することを願うばかりである。

皆様、遅れましたが本年もよろしくお願いいたします。
2007.01.15 Monday 03:22 | comments(4) | trackbacks(1) | 憂國・教育 | 

衝撃!9.11疑惑の真相とは

 2001年、9.11同時多発テロが起こったとき、漠然とではあるが思ったことが2つある。ひとつは旅客機激突後のビル倒壊シーンを見て「ずいぶんきれいに崩れるもんだなあ」ということ、もうひとつは、ワシントンの国防総省(ペンタゴン)への攻撃が、世界貿易センタービルへの最初の攻撃から52分もあとのことであったのに、「なんでこんなに対応が遅いんだろう。もっと早急に察知できないのかな。」ということである。
 先日カナダ出身のジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォード氏の「暴かれた9.11疑惑の真相」というDVD付きの本を書店で見かけ、即買ってしまった。私の疑問をすっきり解消してくれると思ったからだ。しかも検証“証拠映像”DVD付きなのがいい。DVDも見終わり、本もその日のうちに読了。内容は目から鱗の連続で、アメリカはやはりとんでもない国である、と言わざるを得ないものであった。
 フルフォード氏によると、9.11事件が米政府のいわゆる「ヤラセ」であるということは事件直後から一部の人たちの間では言われていたことらしい。政府は真実を直隠しにし、マスコミも決して取り上げない。しかし政府の公式発表と現場の状況の相違ははなはだしいものだと言う。本書の一部を要約して載せてみようと思う。
 
 〜世界貿易センタービル編〜
 ツインタワーに激突した2機はともに炎上。高熱のため焼失し、残骸は何も残っていないと発表されている。しかしこんなことは絶対にあり得ない。わずかな破片でも見つかれば、記してあるシリアルナンバーで機名など全てが分かるはずなのだが、エンジンなどの極めて強固な部分すら見つからないと言うのだ。2機目の飛行機はユナイテッド航空175便だと言われているが、機体は黒く、窓が見当たらない。機体の腹にはなにやら爆弾のような黒い物体が。実は戦闘機なのでは、という疑問が出てくる。さらに、全てが焼失という状況でありながら、犯人のパスポートだけはしっかりと現場から見つけ出されている。エンジンよりも強い紙が存在するはずがない。
 米政府の説明では、飛行機が全焼するほどの高熱でビルが燃え、上層階の重みに耐えられなくなってビル全体が倒壊した、という。しかし、ビルの鋼鉄の融点は摂氏1649度。ジェット機の燃料ではどんな条件であっても1000度を越すことはあり得ない。実際にビルの鉄骨が溶けて落下しているのが映像にも見られるのだが、爆薬などが使われない限り、そのような高熱を発することはない。しかもあれだけの煙を巻き上げ、鉄骨をぶっ飛ばすほどの大爆発を起こすためにはやはり相当の爆薬が必要である。生き残った人たちの証言にも、飛行機激突前に爆発音を聞いた、と言うものが少なくないという。
 〜国防総省(ペンタゴン)編〜
 ペンタゴンに激突した両翼38メートルにもなるボーイング757。大型旅客機が3層の建物を突き破って爆発炎上したわりには、損傷の度合いは驚くほど小さい。最大で5メートルの丸い穴が開いているだけ。また、事件直後だというのに機体の残骸もなく、手前の芝生の損傷も全く見られない。そして、不可解なことに飛行機はラムズフェルド国防長官がいた場所を避けるように反対側に回り込み、補強工事された一番強固な部分に激突している。また、ペンタゴン付近には、防犯カメラを設置した店やガソリンスタンドなどが林立しているにもかかわらず、証拠映像は一切公開されていない。辛うじて炎上シーンを写した5枚の静止画があるだけで、しかもその5枚にも機体は全く写っていないのである。本当に大型機の激突なんてあったのだろうか。

 大東亜戦争前夜、アメリカは日本に対してさまざまな形で最初の一手を誘発しにかかった。最終的に、ハル・ノートによって日本が絶対に飲めない条件を叩きつけ、「窮鼠猫をかむ」の状態に追いやり、開戦を余儀なくさせた。日本の動向を見抜いていながら、全米に漂う戦争反対のムードを覆し、国民の戦意を高揚させるために日本に真珠湾を「奇襲攻撃」させたのだ。その後リメンバー・パールハーバーを合言葉に日米戦へと突入していく。しかもアメリカのヤラセの手口は大東亜戦争に始まったことではない。古くは19世紀末の米西戦争において。開戦の引き金となったのは、米軍戦艦メイン号の自作自演による爆破である。その後それをスペインの仕業として「リメンバー・メイン(メイン号を思い出せ)」を合言葉に国民を煽動していった。 大東亜戦争当時、日本の攻撃を知っていた人々がいたのと同様に、同時多発テロの際にも、テロを事前に知っていた人々がいたはずである。アメリカは新たな「リメンバー○○キャンペーン」を必要としていたに違いない。フルフォード氏曰く、「2001年5月に映画パール・ハーバーがタイミングよく封切られたのも、メディア戦略の一環であるのかもしれない」とのことである。「暴かれた9.11疑惑の真相」、ぜひご一読を。

暴かれた9.11疑惑の真相
暴かれた9.11疑惑の真相
ベンジャミン フルフォード

 今年は、日本保守主義研究会の皆様をはじめ、実に様々な方にお世話になりました。来年も勉強してまいりますのでどうかよろしくお願いいたします。皆様、良いお年を。
2006.12.30 Saturday 23:25 | comments(3) | trackbacks(5) | 憂國・教育 | 

改正教育基本法が成立

 教育基本法が、昭和22年に施行されて以来始めて改正されることとなった。
 明治23年以来大東亜戦争にて米国に未曾有の敗北を喫するまで、わが国の教育の大きな支柱は明治天皇の御心を表された「教育勅語」であった。教育勅語には、簡潔な文面の中に日本人の必要とする徳目、人間形成の基礎とも言うべき理念がつまっていた。
 明治天皇は詔の発表に先立って次の句をお読みになった。

  世の中の まことの道の ひとすぢに
    わが国民を をしへてしがな

 しかし敗戦後、昭和23年、教育勅語が軍国主義の復活に結びつくことを懸念したGHQは廃止を命じた。1年3ヶ月の並存期間はあるにせよ、代わって戦後の日本人の教育理念となったのが昭和22年発布の教育基本法である。
 ところが、この教育基本法はGHQの検閲下にあり、GHQはかなりの部分で関与していたと見られている。そういう意味では日本国憲法となんら変わりのない屈辱的な、押し付けられた法律なのだ。憲法と同じく、独立国家として改正して然るべきものである。
 産経新聞(平成18年7月5日)によると、CIE(GHQの民間情報教育局)が基本法原案を修正・削除した主な部分は

 〜以鍵討砲△辰拭崚租を尊重し」を削除
 ⊇ゞ掬情操の涵養を削除
 「女子教育」の条項を男女共学の積極的規定修正

などである。また、当時行われていた教科書検閲の時点で「愛国心」に関する用語はすべて禁止されていたため、そもそも「愛国心」を基本法に盛り込むことはできなかったという。
 
 今回の改正法を現行法と照らし合わせてみると、
 前文:
(現行法)
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない
(改正法)
 我々は、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する

 まず、改正法には「公共の精神」、「伝統を継承し」などの文言が盛り込まれている点がポイントだろう。そして「個性ゆたかな」とういう文言がなくなっていることにも注目したい。「個性ゆたかな」というのは非常に危険な言葉なのだ。現行法のように文末が「〜しなければならない」という冷たいニュアンスで終わっていないのもいい。
 
 次に現行法にはなかった「愛国心」に関する文言は

 「伝統と文化を尊重し、それらをはぐぐんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」

 ということになった。うまくまとまったのではないだろうか。
 そして教育行政の部分を対比すると

(現行法)
 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われる
(改正法)
 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われる

 「教育は、不当な支配に服することなく」というのは「特定の思想を持つ団体や宗教などの介入から教育を守る」という意味であるにもかかわらず、戦後教育の元凶である日教組はこの文言を曲解し、文科省や教育委員会の思索や指導を「不当な支配」とし、それに従わないことで我が国の教育を退廃させてきた。日教組の手にかかれば、国歌斉唱・国旗掲揚の徹底を求める教育委員や学校長の職務命令も「不当な支配」ということになるのである。その抜け道を塞いだのが改正法の「法律の定めるところにより」という文言だ。これにより、法律に基づいて行われる施策や指導などは「不当な支配」であるとは言えなくなる。
 産経新聞(平成18年12月19日)によると日教組の組合員は昭和52年より徐々に減少し続け、10月1日時点で初めて30万人を切ったそうだ。加えて、機関誌である「教育評論」が来月から休刊になることもわかった。
 日教組にとってこの改正法がさらなる痛手となり、教育正常化が実現に向かっていくことに期待しつつ、現場での努力を続けたい。
2006.12.21 Thursday 01:06 | comments(0) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

ポリティカル・コレクトネスと言葉狩り

 先日、私は3歳の長女が使っているクレヨンを見て「なにぃ!」と思ったことがある。それは「肌色」のクレヨンの包み紙に「ペールオレンジ」と書いてあったことだ。つまり「うすだいだい」。「何がペールオレンジだ」と。これは結局「肌の色は一色ではない。肌の白い人もいれば黒い人もいるのだから、人種差別につながる。」という観点からの配慮であろう。かなり古い記事になるが、哲学博士の中島義道氏によると、1990年11月30日付けの朝日新聞の投書に以下のようなものがあったという。

 「アメリカに住んで三年半になります。住み始めてすぐのころ、日本から持ってきたクレヨンの中に『肌色』という色を見つけ、これはおかしいと思いました。日本では何の疑問も持たなかったことです。・・・・・・最近、日本人の人種差別問題がまた一段と攻撃の的になっているようです。・・・・・・・日本人は今、もう少し、他人への気遣い、心配りを考えなければならないと思います。せめてクレヨンの肌色の呼び名は廃止し、子供たちに世界中にはいろいろな肌の色の人が住んでいること、そして、その人たちには何の優劣もないことを教えてあげたいものです」(ニュージャージ州、主婦37歳)

 アメリカの基準を全ての基準と考える典型的な人間である。日本人の感覚としての肌の色は紛れもなく「肌色」であるわけで、それを外国に行ったときに「肌色」という言葉を使ってはいけない、というのではなく、「肌色」という日本語自体を廃止しろと言うのだ。しかし、そんな必要がどこにあるのだろうか。こうした「ことば狩り」が「人種や男女差別の撤廃」という美名の下に行われていることは日本人としての価値観をあいまいにし、国家というものを軽視する現代の風潮に一役買っているのだと思う。中島氏は言う。これが正しいとすれば、「黒山の人だかり」という表現はやはり日本人のほとんどの髪の毛が黒いことから生まれた言葉であろうが、そういった言葉も廃止すべきだということになる、と。あるいは「赤ちゃん」というのはどう考えても黒人の子には適さないだろうと。
 西村幸祐氏は著書「反日の構造」の中で、日本の文化が内側から破壊されつつあり、その端的な例が「言葉狩り」であると言っている。「旦那」という言葉が「主人」という日本語を破壊し、ジェンダーフリーというこれまた美名をまとった凶器は「看護婦」という言葉をも抹殺しようとしているのだと。
 こういった問題は、本をただせばアメリカで70年代に始まったポリティカリー・コレクト(政治的に正しい)運動に端を発している。女性・人種差別を助長する差別的表現の撤廃を求めるこの運動は、70年代後半に大学キャンパスを中心に始まり、80年、90年代に全米に広がったそうだ。分かりやすい例を挙げると、「ミス・ミセス」を廃止して「ミズ」を使おう、「ニグロ・ブラック」はやめて「アフリカ系アメリカ人」と呼ぼう、というようなものである。そのくらいならまだしも、その後ポリティカリーコレクト運動はあらぬ方面にまで及ぶようになる。実にありとあらゆる分野にまで広がっていったのだ。矢部武氏の著書「アメリカ病」にはほとんど冗談としか言いようのない例が山ほど挙げられているので紹介したい。以下の表現が何を意味するかおわかりだろうか。

 経済的にはじき出された人
 垂直方向に恵まれた人
 異なった能力を持つ人
 更生施設の元利用者
 頭髪的に不利な人

 笑ってしまうのだが、正解は上から「貧乏人、痩せている人、知的障害者、前科者、はげた人」である。
 政治的に正しい言葉とは一体何なのだろうか。これらの言葉を使用することによって果たして差別撤廃は実現するのか甚だ疑問である。結局言葉の意味が行き着く先である人の心には同意のものとして届くはずなのだ。

「反日」の構造―中国、韓国、北朝鮮を煽っているのは誰か
「反日」の構造―中国、韓国、北朝鮮を煽っているのは誰か
西村 幸祐

アメリカ病
アメリカ病
矢部 武
2006.12.12 Tuesday 00:48 | comments(4) | trackbacks(2) | 憂國・教育 | 

日本破滅への道:履修漏れ問題

 今朝学校に行くと、職員室の自分の机上に「第3学年保護者各位」と宛名を打った学校からの手紙が用意されていた。タイトルを見ると、「履修漏れの問題についてのお詫び」であった。我が校も・・・。履修漏れがあったのは、新聞に大々的に取り上げられていた「世界史・地理」のようないわゆる主要科目ではなかったのだが、それにしても教育の場においてあるまじき由々しき問題である。
 この履修漏れという不祥事が露呈した学校数の多さはどうか。10月31日付の毎日新聞によると、履修漏れが発覚した学校は公私立合わせて461校に上るという。単位不足の生徒は約7万2000人。大きな問題であるにもかかわらず、これだけの学校が摘発されると「みんなやってるだろ」という雰囲気になってしまうのがまた大問題であると思う。そのうちの一校が我が校とは、実に恥ずかしい。そして私自身は他教科の担当とはいえ、この事実に今まで全く通じていなかったことに関して自責の念に駆られる。

 それにしても、全国で未履修が目立った「世界史」は、世界を知る、または世界の中の日本を知る上で極めて重要な科目であり、「地理」は自国のことを知り、郷土愛を育むために必要不可欠な科目である。そもそも、高校3年間で、「世界史・地理」か「日本史・地理」のどちらかの組み合わせを選べばよいとする現行の学習指導要領がおかしい。中には日本の国史を高校の3年間で一度も履修しない生徒がいるわけだ。もともと社会科の学習指導要領に問題がある上に、さらなる未履修問題。歴史を知らない若者が増えるのも無理はない。(もっとも、自虐的な歴史観の日本史だとしたら教えれば教えるほどマイナスかもしれないが・・・。)
 かつて占領下の日本において、GHQが我が国の伝統的教育思想を破壊し、日本人の精神を解体するために出した指令があった。1945年12月31日に発令された

「修身、日本歴史、及ビ地理停止ニ関スル件」

である。これは「極端な軍国主義、国家主義の禁止」、「神道への政府の関与の禁止」、「軍国主義教諭の審査と教職追放」と並んで四大指令として発令されたものだ。これが、日本人の精神的武装解除を狙ったものであり、愛国心を消し去る目的であったことは自明である。西鋭夫氏によると、マッカーサーがこの指令を出すに至ったきっかけは、同年12月13日に発せられたダイクCIE(民間情報教育局)局長からの「日本教科書」勧告による。その内容は、

 「修身、日本史、地理の教科書は文部省によって作成されました。詳細に検閲した結果、非常に有害であることが判明しましたので、直ちに使用停止されるべきであります。全国で使用されている教科書百七十三冊のうち有害なものは、五十冊を数えました。・・・・文部省とCIEは、一九四六年四月一日に始まる新学期のため、過渡的な教科書を準備中であります。」(西鋭夫著:「國破れてマッカーサー」中公文庫より)

というものだ。
 現在の日本の学校教育課程には、当然「修身」はない。そして、高校における「日本史」は選択制、極めつけに地理の未履修。かつて占領軍に牙を抜かれた我が国は、未だにその呪縛から解き放たれることなく、今日自らの手で破滅への道を選び、進んでいる。
 
 我が一年生の今日の特活は学年集会であった。校長から「履修漏れ」の件についての話。集会終了後、体育館から教室に戻る際に、出口に教員が一列に並び、関門通過方式で頭髪服装検査を実施。「ルールを守れ」と訴える検査に説得力がなかったことは言うまでもない。




國破れてマッカーサー
國破れてマッカーサー
西 鋭夫



2006.11.01 Wednesday 02:42 | comments(0) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

生徒を連れて大学訪問。がしかし・・・

 今日生徒を引き連れて、某大学の学校見学会に行って来た。本校1学年の生徒ほぼ全員が出席。午前10時から大学教員による模擬授業体験を70分間の短縮バージョンで。その後クラスごとに現役大学生との座談会。そして最後に大学ダンスサークルによる歓迎パフォーマンス…。この企画は全て大学側の職員によるもので、要するに「ぜひうちに来て下さい。」というものだ。模擬授業では、私は経済学部の教室での監督となった。座談会に出席する大学生は、模擬授業の時からプリントの配布などを手伝うためにすでに教室にいた。全部で5人、全て男子だったのだが、まず見てビックリである。学生達の外見のことだ。茶髪率100パーセント。うちロン毛2名。一部始終帽子を着用していた者1名。腰パン率100パーセント。どいつもド派手な格好だ。私は授業開始直前、教室の入り口付近に立っていたのだが、彼らが教室に入ってきたので、ナメとるのかこいつらは、と思いながらも「こんにちは。」と挨拶をした。彼らは一瞬目をこちらに向けたが、言葉は発さず素通りだった。挨拶もできないのか。思い思いの格好をして好き勝手生活している大学生がいることくらい百も承知だが、自分の学校の見学会で、高校生を前にして話をする立場の者が全く場をわきまえずに振舞う姿には憤りを感じずにはいられない。あるいは、ファッションに敏感な高校生の前に立つということで、余計にめかし込んでいるのだろうか。そもそも大学側はなぜこんなやつらを使ったのか。私のいた経済学部だけではない。全部で6学部の模擬授業があったのだが、どの教室にいたものもろくでもない格好だった。法学部所属の学生もいたようだ。「コイツが将来人を裁くのか・・・」。担当の大学職員は特に悪びれる様子もなく、「すみません、こんな子達で」という感じもない。終始笑顔で、むしろ自信に満ち、はつらつとしていたような印象を受ける。
 模擬授業の担当は比較的若い経済学専門の教員だった。内容は高校一年生を対象としたものとは思えないほど難しく、当然生徒達はわけが分からず、開始後20分程度にしていやな空気が流れ始めた。そして50分も経つと、どうんと海の底まで沈んだような空気に耐えられなくなったのか、講義は予定より20分も早く終了した。何たる杜撰さであろうか。後で聞けば、「高校3年生だと思っていた」のだそうだ。一体どんな打ち合わせをしているのか。本当に学校を売り込む気があるのだろうか。
 そして座談会。悪い予感は見事に的中。陽気で極めて軽いノリのトークが始まった。ロン毛茶髪腰パンは、開口一番こんなことを言ったのだ。
 「みんな、今日は大学生活のことなんでも聞いて。とりあえずウチら学校生活めちゃめちゃ楽しんでんだけど、まず高校と違うところはなんつっても自由なところ。みんな今は頭髪とか服装とかうるさく言われてるだろうけど、そんなの一切ないからね。茶髪にしようが腰パンしようが、短いスカートはこうが、ピアスしようが何にも言われないから。ほんっとに自由。別に学校サボってもかまわないし、遅刻しても誰も何にも言わないから。サークル入れば出会いもあって楽しいし、ほんと、ぜひうちの学校に来てよ。」
 その後彼は、高校生から「彼女いますか?」とのありがちな質問を受け、自分の薄っぺらい恋愛論を曝け出し、その他どうでもいい質問に答えて座談会は終了した。
 そして、極めつけにダンスサークルのパフォーマンス。ひと口にダンスと言っても様々であるが、ここでは当然の如く、いわゆる今時の高校生の興味の対象であるダンスである。そのスタイル、しゃべり方、身のこなし方は教室にいた学生達に輪をかけたものであったことは言わずもがなである。パフォーマンスは30分程度で終了。そして見学会は幕を閉じた。一体なんだったんだ。こんなもの生徒達にとって百害あって一利もない。肝心な模擬授業はいい加減。今時の高校生を振り向かせるために都合のよい「うちの大学に入ればこんなに楽しいことができるんだよ」というアピールのためのダンスパフォーマンス。実にいやらしい戦略である。本末転倒とはこのことだ。ダンスを見ているとき、大学の教員や職員達は終始笑顔であった。この見学会を「良しとしている」のだ。高校の教員達は呆れていた。私の頭の中では「世も末」という言葉がぐるぐると回るばかりだった。
 そう言えば、我が校に訪ねて来る卒業生も大半は茶髪だ。中には「その格好で母校に顔を出すなよ」と言いたくなる学生も少なくない。結局どんなに高校のときに厳しく指導しても、その3年間だけなのだ。高校生は高校生らしく。しかし卒業してしまえばみな大変身を遂げる。一体今までの指導はなんだったのか。「高校生は高校生らしく」の前に、「日本人は日本人らしく」ということが今の社会には既になくなっているのだ。大体「らしさ」というものが今やタブーであるのだからどうしようもない。本来なら「日本人らしさ」があって「日本の高校生らしさ」があるべきなのに。
 腹の立つことに、今のいわゆる日本の若者の格好や考え方に違和感を抱かない大人はたくさんいる。つまり本をただせば、そういう若者はそういう大人に教育されてきたということだ。一方、日本の若者の現状を憂う人も多数いる。しかし、一体どちらがどれほどいるのだろうか。今日の見学会を違和感を抱くことなく終えることができる日本人はどのくらいだろう。茶髪を「表現の自由・自己決定」として「良い傾向」とする輩だっているわけだ。また逆に、この見学会に憤りを禁じえない、という日本人はどのくらいいるのか。そしてとても気になるのが、我が生徒の中で「今日の見学会は実りのあるものだった。あの大学生たちのようになりたい。」と思っている子はどのくらいで、「こんな見学会来なきゃよかった。あんなふうで良いわけがない。」と思っているのはどのくらいなのか。何人かに聞いたところ「つまらなかった」という生徒もいたのは救いだった。
 帰りに新宿の紀伊国屋に立ち寄ろうと東口を出ると、相変わらずの「世も末」な若者たちの人波。この国は何処に向かって進んでいるのだろう。行きかう人ごみの中に、旭日旗を掲げた一台の街宣車が止まっていた。「がんばれ日本!立ち上がれ日本人!」の横断幕。一水会の方がマイクを握っていた。
2006.10.14 Saturday 23:24 | comments(7) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

クールビズについて思うこと

 高校生の身だしなみ、服装の乱れを正すことは生徒指導上の大きな留意点である。ネクタイをだらしなくぶら下げている男子生徒の指導に手を焼いているのはどの高校の先生も同じであろう。いや、すでに「ばかばかしいイタチごっこ」とさじを投げてしまっている学校も少なくないかもしれない。ピアスや女子生徒の化粧の指導で手一杯だという学校もあろう。みんなと同じ格好をすることで安心感を得ようとする高校生を、頭ごなしに叱ってもどうにかなるようなものではない。効果的な指導するのは実に困難なことである。

 我々日本人は、欧米人に比べて仕事や学習の場において、きちっと正装をして臨むという社会規範を強く持っている。それは学生の制服、サラリーマンのネクタイにスーツという格好を見てもわかるだろう。私は大学院生時代に2年間の米国留学を経て帰国したとき、「日本人は誰も彼もネクタイを締めて、なんて窮屈な生活をしているんだろう。」と思ったものだ。

 しかし、普段の生活はさておいて、なぜ仕事中や学習中にきちっとした服装が求められるのか。ネクタイをしっかりと締め、きちっとした格好をすることで気持ちに張りが出て、背筋がぴんとなる。「さあ、仕事に取りかかろう。」「よし、勉強するぞ。」という凛とした姿勢が出来上がる。その姿勢は集中力を生み、今、自分はこの仕事を成し遂げなければならない、というある種の責任感をも生み出すのではないか。

 一方、ネクタイをゆるめれば気もゆるむ。仕事帰りの居酒屋で首元を広げて一杯やることに違和感を覚える人はいないだろう。高校生にしても、退屈な授業中に机に突っ伏して居眠りをする時に、首元をぎゅっと絞めつけていては寝心地が悪いというものだ(多くの生徒の場合、ネクタイがゆるんでいるのは居眠り中だけのことではないが)。つまり、ネクタイを締める、ゆるめる、という行為は気持ちを締める、ゆるめるということに大きくかかわっていると言えよう。

 ところが、近頃、若者を指導する立場の大人たちが自らネクタイを捨て始めた。すなわち「クールビズ」なるものの流行である。今さら説明するまでもないが、地球温暖化防止策として昨夏スタートしたキャンペーンで、ネクタイをせずに、胸元の風通しをよくして、エアコンのエネルギー使用を最小限にしようという試みだ。私はこのクールビズに何か釈然としないものを感じていた。とは言え、地球温暖化が深刻な問題であることは明らかであり、公然と反論しがたい世の中の風潮というものもある。さらに、もしそのクールビズが功を奏しており、微力であれ地球温暖化に歯止めをかけているのであれば、そのメリットを認めざるを得ない。しかし、あえて反論するならば、ネクタイをはずすことが社会に「気のゆるみ」を生じさせはしないか、ということである。あるいは、無責任な言動が横行する日本社会の様々な業界において、人々の無責任さに拍車をかけたりはしないかということを私は危惧するのだ。病院関係の医療ミス、政治家や教職員の不祥事、若きIT革命児の大失態など、日本人の無責任さを露呈する出来事は増加の一途をたどっている。いくら切腹しても足りないくらいだ。

 かつて日露戦争で日本海海戦に勝利し、国民的英雄となった東郷平八郎は、古人の言を借りて「勝て兜の緒を締めよ」と言った。勝利を得ておごる態度を戒めた言葉である。また、慣用句にあるように、覚悟を決めて物事に当たることを「ふんどしを締めてかかる」と言うし、今一度気持ちを入れ直して仕事にかかることを「ふんどしを締めなおす」と言う。兜もかぶらなければ、ふんどしも締めない現代人にとってそれらに代わるものは何か。それはネクタイであろう。ネクタイを捨てた日本人は、謙虚さをなくして横柄な態度をとるようになりはしないか。いざという時に覚悟を決めて責任を果たすことができるか。反省を活かし、凛とした姿勢をもって再度物事に取り組むことができるか。長い間、暑い夏もがまんしつつネクタイをしめて働いてきた日本人にとって、その慣習を簡単に捨ててしまうことは、実は何か大事な歯車を狂わせる危険な大転換であるように思えてならないのである。

 現時点では、「だらしがない」という正当な反対意見もあり、クールビズがそれほど国民の間に広く定着しているとは言えないかもしれない。しかし、夏が来るたびにクールビズ人口が増加し、学校教育においても「ネクタイをきちっと締めなさい」といった指導がなくなっていく可能性も十分に考えられる。弛みきったこの国は、文字通り国民全体が「ふんどしを締めなおし」てかからなければならない時期にあるというのに、その逆を行くような国民運動が起こることは私にとって実に理解に苦しむところである。
2006.10.01 Sunday 10:28 | comments(1) | trackbacks(1) | 憂國・教育 | 
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