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2008.02.25 Monday  | - | - | - | 

「日本人のための英語教育研究ブログ」

長い間更新できず、すみません。この度、英語教育により特化したブログ「日本人のための英語教育研究ブログ」を立ち上げましたので、ぜひお立ち寄りください。右端のLINKからアクセスできます。今後ともよろしくお願いします。
2008.02.25 Monday 11:02 | comments(12) | trackbacks(131) | - | 

留学生の入れ知恵

 先日の英語の授業中のこと。「形容詞的な分詞の後置修飾」といった単元を学習していた。例えば “The girl standing by the window is my sister.”(窓のそばに立っている女の子は私の妹です)のような文である。教科書の中に例文がいくつか載っているのだが、その中に “The seats assigned to us were quite noisy.”(私たちに割り当てられた席はかなりうるさかった)という文があった。生徒に音読でリピートをさせていたのだが、そこで、思わぬまったが入った。「コノイイカタハ、シマセン。」 例の留学生のリサ(仮名)である。一瞬教室が異様な雰囲気に包まれだが、次の瞬間「おーっ」という歓声にも似た生徒たちのリアクション。教師としては面子丸つぶれである。「なんだよ、この教科書まちがってるの?」、「リサすごーい」、「さすがネイティブ」などさまざまな言葉が飛び交う。そこで、リサにどこがおかしいのかと理由を聞くと、“a seat is noisy” つまり「席がうるさい」というのはありえない、ということであった。うるさいのは周りの席に座っている人であって座席そのものではないと言うのである。でも待てよ。それは言い方であって、日本語だって席の周りの人たちがうるさいときに「席がうるさい」と表現できるように、英語だってOKなのではないか。では例えば、“This room is noisy.”(この部屋はうるさい)とは言えないのか。部屋にいる人がうるさいのだという理由で、「うるさい部屋」は“the noisy room”ではだめなのか。その逆の“the quiet room”(静かな部屋)も間違っているのか。そうは思えなかったので、授業中は「なるほど。」といいつつも、「じゃあ、あとで調べておくよ。」と言って終わった。
 その後学校にいるネイティブスピーカーの教員3人に尋ねたところ、やはりこの例文はおかしくない、という結論に至った。3人とも単純に日本語で「席がうるさい」というように“The seats are noisy.”という表現も使えるということだった。何冊かの文法書にも照らし合わせたのでこの情報は確実なものと思われる。「じゃあ、なぜリサは間違いだと言ったのだろう」と尋ねると、そのネイティブ教員たち曰く、“Because she is too young.”(彼女はまだ若いから)ということであった。なるほど私の思ったとおりだ。
 例えば日本の高校生がアメリカで日本語の表現の正誤をすべて正しく教えられるかといえば、そうとう優秀な生徒でない限りまず無理だろう。それと同じことであるはずなのだが、うちの生徒たちは「一アメリカ出身少女(17歳)」の言うことを微塵も疑わず鵜呑みにしたわけだ。「ネイティブが言っているのだから間違いない」というのである。この件をうけて、「もっと生きた英語を学びたい。」という生徒の発言もあった。彼らの言う生きた英語とはどのようなものを指すのか。学校で教えている英語は「死んだ英語」だということか。
 次の日の授業では、さらなるリサの入れ知恵が炸裂した。リサのうしろの席の生徒はbicycle(自転車)という単語が英作文中に出て来ると、「先生、リサがbicycleなんて実際言わないって言ってますよ。」というのだ。中1のときから自転車=bicycleと信じて疑わなかった生徒たちにとっては驚愕の事実である。私が「ああ、bikeって言うってこと?」と聞くとその生徒はうれしそうにそうだと言った。「そりゃ、自転車とチャリンコほどの違いだよ。」とだけ説明しておいたが、言いたいことは山ほどあった。しかし、リサがいる手前、「お前らは一人のアメリカ人高校生が言った事をすべて鵜呑みにするのか。自分が日本語についてどれほどの自信があるか考えてみれば、いくらネイティブとは言え高校生の英語力がどれほどのものか察しはつくはずだ。たまたまリサは自転車ではなくチャリンコという表現を使った。では英語としてチャリンコの正式名称である自転車という単語を覚える必要はないのか。そんなはずはないだろう。」とはさすがに言えなかったのである。
 このことがあってからというものの、新しい表現を勉強するたびに「実際こんな言い方するんですか」と聞く生徒が出てきた。これでは、留学生が生徒たちの勉強の刺激になるどころか逆効果である。結局そういう生徒たちが一番知りたいと思っているのは、「くだけた英語」なのだ。同世代のアメリカ人と仲良く、かっこよく英語でコミュニケーションをとりたいのである。そのためにはむしろ堅苦しい表現は習うだけ無駄。邪魔者とうわけだ。習っただけについうっかりダサい表現を使ってしまっては格好悪い。最近よく見かける、内容の極めて薄い、くだけた表現を載せている英会話の教科書はいい教材なのかもしれない。生徒たちの言う 「生きた英語」とはすなわちそういうことだ。ちなみに、女子たちが逆の立場でリサに日本語を教えるときには、決まって「女子高生ことば」なのである。
2007.06.16 Saturday 17:25 | comments(9) | trackbacks(3) | 英語・英語教育 | 

アメリカ人留学生現る。

 今年度、私は高校2年生の担任をしている。昨年度以上に忙しい毎日を過ごしているわけだが、授業や部活やその他の校務に加えてもうひとつ、4月から3ヶ月間だけ引き受けた仕事がある。それは、アメリカからの留学生の面倒を私のクラスで見るということである。そのアメリカ人(白人)の生徒は短期留学で4月の初旬から日本にホームステイしている。3ヶ月間の滞在なので、6月末にはアメリカに帰ることになっている。アメリカ人にしてはめずらしいくらいおとなしい女の子で、むしろ元気なクラスの雰囲気になじむまでに少し時間がかかった。まだ私自身知り合って間もないのだが、とてもまじめな子であると思う。アメリカで3年間日本語を勉強していたというが、やはり授業内容理解や連絡事項の伝達ということになると難しいので、英語ができる担任がクラスに引き受けて面倒を見るということだったので、私が手をあげた次第だ。
 
 留学生が来校する直前の英語科の会議では、いかに彼女を手厚くもてなし、不自由ないように生活させてやるかということが話し合われた。留学生の窓口になっている先生からは「留学生を持つと何かと世話をしないといけないので本当に大変だけど頑張ってくださいね。寂しい思いをさせないようにいろいろ考えてやってください。」と言われた。私はこういう考えは留学生に対する日本人のよくない態度の表れであると思う。
 
 外人コンプレックスを持つ日本人は留学生でも何でも外国人はお客様だと考えてか、これでもかというくらい手厚くもてなす。考えてもみてほしい。留学生は自ら望んで異国の地に来るのだ。そして自ら望むからにはそれなりの目的があるはずであり、その目的とはたいていその国の言語や文化を一身にあびて学ぶためである。異国の地で自らを厳しい環境下に置き、右を向いても左を向いても異国人という状況の中で疎外感や孤独感を覚えつつ目標を達成してこそ留学の価値があるというものだ。つまり、必要以上に手厚くもてなすことは留学生にとってありがた迷惑のほか何ものでもないのである。親切にされたその瞬間は本人もありがたいと思うだろう。しかし、結果的にそれは留学生のためにならない。もちろん自分から友達を作ったり、積極的に人間関係を作ったりする過程で、さまざまな親切を受けるというのならば何の問題もない。そういう経験を経て帰国した際に「日本人はみな親切な国民だった。」と言ってくれるのであればこちらもうれしいではないか。しかし、はなから「異国の地で大変だろうから苦労をさせないようにいろいろやってあげましょう。」というのではこれから得ようとしている貴重な経験が台無しだ。
 
 私は2年間アメリカに留学をしていたので、最初の数ヶ月間の苦労は身にしみてわかる。だからこそその経験をしてもらいたいと思う。私と同時期に留学していた友人などは、バスの中で友達と日本語をしゃべっていたら隣に座っていたアメリカ人のオヤジに「だまれ!日本語をしゃべるんじゃねえ!」と言われたそうである。あるいはもっと露骨な人種差別を体験する人もたくさんいることだろう。日本に留学するアメリカ白人はそのような差別をされることはまずないわけで、それだけでもラッキーだと思わなくてはいけない。そしてアメリカ人をはじめ英語のネイティブスピーカーが普段経験することのない「自分の言葉が通じない」という、疎外感、孤独感を体験できること、つまりこの国では自分がマイノリティの人種であるという貴重な経験ができることをありがたく思うべきなのである。
 
 うちのクラスの生徒には彼女が来日する前に「このクラスに最初の3ヶ月だけ留学生が来るぞ。」と言ってあった。クラスはいっせいに「イエーイ!」と妙な盛り上がりを見せたわけであるが、この時点で我がクラスの生徒ほぼ全員が、留学生と言えば英語のネイティブスピーカー、アメリカ人またはイギリス人・・・と勝手に思っていただろう。ちょっとリアクションを確かめたかったので、どこの国でもよかったのだが思いつきで「国籍はミャンマーです・・・。」と言ってみた。予想通りのリアクション。総「ええーっっ!!?」である。「ウソです。アメリカ人です。」と言ったあと、もともと生徒に伝えようとしていたことを言った。「英語で話しかけるなよ。」ということ。英語の教師からまさかの忠告である。「欧米人を見るとすぐに英語で話しかけるのは日本人の悪い癖だ。ここは日本なんだから日本語で話しなさい。まずは日本語で話しかけて、それで相手がポカンとしたり、ワカリマセンということになったらそこで初めて英語を使ってあげなさい。」留学生がポカンとした日本語を生徒たちが英語で表現できるか、はなはだ疑問ではあったが、そう告げた。「だいたい日本に覚悟を決めて留学しに来るのに、英語でしゃべられたら逆に拍子抜けするよ。日本語を勉強しに来たんだから日本語をしゃべってくれ、と思うだろ、ふつう。みんなが意を決してアメリカに留学したとして、アメリカ人がへたくそな日本語でずっと話しかけてきたとしたら、ふざけるな!って思うでしょう。」とも言った。大体の生徒は納得したと思う。
 
 それにしてもおとなしい子で、最初のころはクラスの生徒が話しかけても、たいした反応もしなかったので、私もどうしたものかと思っていたのだが、最近は友達ともしゃべるようになったし、笑顔も多くなったのでいい傾向である。しかし、なんだかんだ言ってやはりいろいろ大変である。私自身も彼女を引き受けてから、ものすごく貴重な経験をさせてもらっている。もっとも、私がすんなり留学生を引き受けた理由のひとつは、大いに自分の勉強にもなるだろう、ということなのだが。

 また追って留学生に関する出来事を報告したいと思う。
2007.05.02 Wednesday 00:53 | comments(5) | trackbacks(1) | 英語・英語教育 | 

便利が人間をバカにする

 先日、3歳児がベランダから転落して死亡したという事故があった。少し前にも同じような事故があったような気がする。先日の事故の3歳児は、よくベランダの室外機の上に上って遊んでいるのを母親に注意されていたとのことだ。こういうことをすれば危険であるということを解さない子供。こういうことをしたら自分の命を落としてしまうのだということに気づかない子供が増えている。
 
 私には3歳と1歳になる子供がいるが、このたび新しい家に住みはじめて間もなく、「しまった」と思ったことがひとつある。それは、我が家にはガスが通っていないということだ。いわゆるIHクッキングヒーターという電気で調理したり風呂を沸かしたりする装置をつけたので、ガスいらずなのだ。なんでも最近は火力を使わなくても電気の生み出す強力な熱でおいしい炒め物などもできるらしい。妻の強い希望もあり、実際キッチンを使うのは私ではなく妻であるし、工務店に「ガスがなくて困ることはないのか」とたずねたところ「焼肉パーティでもしない限りはない。」とのことだったので、IHクッキングヒーターを採用する運びとなった。「しまった」と思ったが時すでに遅しである。これでは我が子にガスや火の怖さを教えられないではないか。ガスの通っていない我が家でどうやって子供たちに火の怖さを伝えよう。我々大人はまあいい。我々が子供のころにはIHクッキングヒーターなどというものはなかったわけだし、火の怖さは十分知っているからだ。しかし、今後IHクッキングヒーターが全国の家庭に普及したとしたら、これは由々しき事態ではなかろうか。普及して3世代もすぎれば大人も子供もガスや火に対する知識がなくなり、突然の出火などにものんびり対応してしまい、無知がゆえに命を落とすなどという事故が相次ぐことだろう。
 
 現代技術の生み出す便利さや快適さは確実に人間の脳をだめにし、感受性を奪っている。例えば、今のところそこまで普及はしていないが、日本のほとんどの人が外断熱や床暖房つきなどという快適な家に住んだらどうなるだろう。家の中は常に一定の快適な温度に保たれる。冬は暖かく、夏は涼しい。つまり家の中では、寒くて震えたり、暑くてたまらなかったりという経験をしないことになる。私の世代なら経験しているような、外から帰ってきてストーブをつけて、点火するまでストーブの前で震えて待つということもなければ、石油ストーブの石油が切れて、家の外に寒い思いをして石油を注ぎにいくということもない。楽を得るための苦というのを強いられないままに、楽がすでに目の前にあるのだ。そんな生活からは、少しでも不便な生活を強いられるようなことがあろうものなら耐えることを知らずにぶーぶー文句を言うような人間が当然のごとく育つだろう。そしてもっと言うと、自分の思い通りにならなければすぐに投げ出したり、キレたりするような人間が育つのではないか。
 
 古来日本人は、移り行く四季の中で類まれなる感受性を育み、詩歌などにもその季節感を繊細な手法で表現してきた。しかし今の生徒たちの作文ひとつとってみても、その「感受性からくる表現」の乏しさといったらない。
 
 本来冬は寒いのが当たり前で、夏は暑いのが当たり前である。私が常々いけないと思うのは、便座の暖かいトイレが増えていることである。様式便所の普及により和式便所でしゃがむ苦労を免れた我々は、少し前までは、特に出先では、様式便所とはいえ冬の便座は座るときにもも裏がヒヤッとしてとてもいやなものだった。もちろん今でも電気の通っていない便座もあるが、デパートやオフィスではほとんどが暖かい便座ではなかろうか。座るときに冷たいのは当然いやなわけだが、「冬の便座は冷たくて、トイレに行きたくないなあ。」ということを思うこと自体が豊かな感情を養う上で極めて大切だと思う。今の日本においては、何の不便もなく、痛い、つらい、寒い、などという感情を一度も体感することなく一日を終えるということも少なくないはずだ。それは、「生きているという実感がない」という若者の心情の大きな原因のひとつである。そして、「他人の気持ちがわからない」という問題にもつながる。自分が痛い思いや、寒い思い、つらい思いをしなければ、他人のそういった気持ちもわかるわけがないのだ。人の痛みを知らない者がケンカをすると限度を知らない。おまけに苦労をしていないから我慢がきかず、ついエスカレートしてしまい、相手を殺してしまうなどということが起こる。また、現代の若者の無気力や虚無感なども、生きている実感を得ることのできない生活が原因になっているのではないか。楽を得るための苦を必要としない日常からは「頑張ろう」などという気は起きないのだろう。
 
 若いときの苦労は買ってでもしろとはよく言ったものだ。極度の利便性は人間から苦労の機会を奪い、人間をバカにする。人は弱い生き物で、安きに流れるのが常だ。便利なものが出たら使いたくなるのが普通だろう。だからこそ世の中の便利化に待ったをかける必要がある。フランスで時速500キロの電車が完成?絶対必要ないでしょう。
2007.04.12 Thursday 22:10 | comments(3) | trackbacks(2) | 憂國・教育 | 

木の家に住み始める

 年度末の成績処理に忙殺される日々。ブログの更新をする暇などないはずなのだが、一寸仕事を中断して書いている。そして今月の末には現住の賃貸マンションからついに引っ越す予定となっており、まさに多忙の極みである。いま、去年の秋に着工した念願の新しい我が家がほぼ完成している。いわゆる無垢の木の家づくりを身上とする、信頼できる小さな工務店にお世話になっているのだが、家の中に入ってみると、松、杉、ヒバ、桜、などの木の香りがたまらない。家の真ん中には8寸3分ほどもある大黒柱がどんと立っていて、それがまた感激である。樹木に囲まれた暮らしというのが憧れであった。環境問題に直面している現代において、日本古来の樹木信仰はつくづく尊いものだと思う。実際には、仕事の関係上それほど田舎に引っ込む事は出来ないので文字どおり自然の木々に囲まれての生活という具合にはいかないが、自然の木で作られた我が家をありがたく頂戴し、大切にしていきたい。
 ところで、柱というのは家の核となる「木の主」である。主という漢字は燭台の炎が燃えている形から来た象形文字である。その灯りを囲むように家族が集う。一家の中心が主である。それに木へんがついて「柱」。はしらの「はし」というのは「神の領域と人間の領域をつなぐもの」である。神社の境内と外を結ぶところにはいつも橋(はし)がある。神の恵みである食べ物を人間の口に運ぶものは箸(はし)。古事記においても柱は天と地を結ぶものであり、神々が天地を行き来する橋もたくさん出てくる。我が家の大黒柱を見るにつけ、そんなことを考えたりする。そもそも自分の土地になったとはいえ、この土地にも前から神さまがおられるわけで、我が家の木の香りを胸いっぱいに吸い込むと、とても神聖な、敬虔な気持ちになるのだ。自然を敬い、先祖を敬う。日本人の生活の中から生まれた神道とはなんとすばらしいのだろう。光、空気、土、水、木、それら全ては神の宿る人間を超越したものである。そして我が国にはその大自然の源である太陽を象徴した国旗もある。新しい我が家を拠点に、日本人であることの喜びをいま一度かみしめて新年度をスタートさせたい。


画面右、新居8寸3分の大黒柱
大黒柱
2007.03.19 Monday 23:57 | comments(2) | trackbacks(1) | 憂國・教育 | 

中国の策略:米国名門大学にアイリス・チャン像

 いわゆる「南京事件」に関するドキュメンタリー映画がハリウッドで公開予定、というとんでもないニュースを先日聞いたかと思ったら、またもや日米の離間促進を目論む中国の対日批判活動である。平成19年2月20日付の産経新聞に「なぜ米名門大にアイリス・チャン像」という見出しがあった。
以下、同紙からの抜粋。

 1937年(昭和12年)の南京事件を描き、多くに資料誤用が指摘された「レイプ・オブ・南京」の著者アイリス・チャン氏(故人)の胸像が、米カリフォルニア州の名門スタンフォード大学に寄贈された。贈ったのは人権、歴史問題で対外宣伝工作にあたる中国の組織「中国人権発展基金会」。30万人の大虐殺を掲げた南京の事件記念館に置かれているチャン氏像とまったく同じもので、寄贈の意図をうかがわせている。(中略)
対外宣伝関係の古参幹部で基金会の常務副会長を務める楊正泉氏は05年9月付の文書で、チャン氏像を南京の記念館とスタンフォード大に寄贈する決定(04年12月)を明らかにしていた。
この文書の中で楊氏は「レイプ・オブ・南京」が全米でベストセラーになった宣伝効果を絶賛した。過去の対日歴史批判が「欧米など第三国への宣伝を重視しなかった」ことで「日本政府に国際的な圧力を感じさせられなかった」と反省している。こうした文言から、チャン氏像の寄贈が、米国を巻き込んだ対日批判活動の象徴であることが浮かび上がってくる。

 アメリカではどのようにこのニュースが報じられているのかと思い調べてみたところ、まず最初に「Chinese in Vancouver」というカナダの中国人向け新聞の記事を見つけた。“Iris Chang's statue unveiled at Stanford University”(アイリス・チャンの銅像、スタンフォード大学でベールを脱ぐ)という見出し付きだ。以下、同紙記事抜粋拙訳。

 「これは、日本の戦争犯罪を世に知らしめることに尽力したアイリス・チャンの勇気と献身に対する表彰と感謝の印です」と母ユンユン・チャンは語る。(中略)
1937年の南京大虐殺において、まず侵略日本軍は揚子江方面へその足を伸ばしていった。
日本軍は当時の首都南京を占領し、まもなく流血を求める征服へ(soon conquest was followed by bloodlust)突き進む。日本軍は南京の数区画内に収容された100,000人から300,000人の民間人を大量殺戮した。

 
 続いて、“Chung: The real healing begins for mother of Iris Chang”(チャン:アイリス・チャンの母への本当の癒しが始まる)と見出しが付いたアメリカのMercury News紙は、今年は南京大虐殺の70周年記念であるとして「南京事件」を以下のように定義している。以下拙訳。

 南京大虐殺とは1937年〜38年の冬に当時の首都南京の民間人に対する暴徒化した日本兵(rampaging Japanese soldiers)による強姦、手足などの切断(dismemberment)、無差別殺人(indiscriminate killing)などで 8週間にわたって南京を血の海にした事件である。

 なんたる言いぐさだろう。また、同紙は、ドキュメンタリー映画「南京」が、サンダンス映画祭にて今週公開される(された?)こと、今月スタンフォード大学内のフーバー研究所にアイリス・チャン像が寄贈されたこと、アイリス・チャン・メモリアルエッセイコンテストなるものの初代優勝者が決定したこと、カナダの映画会社がアイリス・チャン物語「忘れられない女性」(The Woman Who Couldn't Forget)なる映画制作に着手していること(!)を記事にしている。アメリカやカナダのメディアの南京事件に対する認識はいまだに中国のそれとなんら変わりのないものであることがわかった。
 アイリス・チャン像が寄贈されたスタンフォード大学には当然世界各国からたくさんの学生が留学しているはずだ。2004年の時点で、中国人のスタンフォード大学への留学生総数は409人で、全留学生の中で1位だそうである。現在何人の中国人留学生がいるのかは不明だが、アイリス・チャン像の寄贈をうけて彼らがねつ造された中国側の主張を口コミで広げていくことは明らかである。その時日本からの留学生はどういう行動に出るのか。日本人留学生がアメリカ人のクラスメートと一緒に像の前を通りかかったとする。果たして日本人として汚名を晴らすべく弁明できるデビルマン学生(日本人としての誇りを持って英語という武器を操る学生)は何人いるのか。正しい歴史認識とそれを説明する英語力。そう考えたとき、まことに残念ながらほとんど期待はできないだろう。


        娘アイリスの像をなでる母ユンユン・チャン
娘アイリスの像をなでる母ユンユン・チャン

2007.02.21 Wednesday 02:34 | comments(4) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 

英語教材としての国旗の教育

 中学高校生用英語教科書「プログレス21」Book3のLesson7に “The Union Jack” という長文がある。イギリスの国旗の由来を説明した文章だ。日章旗は、その文中にわずかに比較の対象として出てくるだけである。他国の国旗について学ぶことは悪いことではない。しかし、日本の国旗の由来も説明できない状況にあって、英国の国旗についての学習をすることは本末転倒といわざるを得ないだろう。それは英米文化偏重の間違った英語教育というものではないか。          
 英語帝国主義を助長するこのような長文から得ることのできる内容的知識は、現在の日本人が必要としているそれでないことは明白である。我々日本人がいま必要としている英語教育とは、「英米をモデルとする英語文化至上主義的な英語教育」ではなく、「日本人としての誇りを取り戻し、日本の素晴らしさを世界に発信する英語教育」である。その観点からすると、やはり「日の丸についての説明を英語を使ってできるようになる」という学習目標が第一にくるべきであり、その次に「国際人として、よその国の旗に敬意を払う教育」が施されるべきである。その一環として英国の旗の由来が盛り込まれているのであれば十分納得のいく教材であるといえよう。
 今、この長文“The Union Jack”を高1の授業で扱っている。合間に余談で日の丸の話や日の丸に倣って作られたパラオ共和国の旗の話などをしている。私が授業中にしゃべったことをより詳しく文面に起こしたもので、単元の最後の授業で配ろうとしているプリントを以下に載せたいと思う(一部編集)。なお、前半はTOSS中学編著の「中学生に国民国家をこう教える」を参考にさせていただいている。


【日の丸について】

 Lesson7では長文“The Union Jack”を通して、イギリスの国旗「ユニオンジャック」の由来について勉強しました。他国の国旗に敬意を払うことは国際社会に生きる人間として当然のことです。しかし何よりもまず自国の国旗、すなわち「日の丸」についての知識を持つことが第一に必要なことだと思います。実際、外国に行くと他国の人たちの国旗に対する関心度は日本人の想像よりはるかに高いことがわかると思います。外国で「日本の国旗の由来は何?」と聞かれることも多々あります。そのときに「I don’t know.」では寂しいものです。質問した外国人は「こいつは何者だ」と思うことでしょう。
 では、日本の国旗はどこから来たのか。日の丸(正式には日章旗といいます)の大まかな意味というのはだいたい皆さんが察するとおりだと思います。すなわち「太陽を表している」ということ。人間は太陽がなければ生きられません。最近の研究では、「心臓には太陽電池があり、その電池が作り出す電気信号によって心臓が動いている」とも言われています。つまり太陽がないと人間が生きるうえで最も大切な心臓が動かないのです。日本人は2千年も前から感覚的にそのことに気付いていました。だからこそ、国の名前を「日の本」すなわち「日本」とし、自分たちの命は太陽が元になっているのだということの象徴としてきたのです。
 また、「おかあさん」とはもともと「おかかさま」という言葉でした。漢字で書くと「お日日様」です。「日」はもちろん太陽のことです。つまり、母親のことを「太陽のように大切な人」と表現したのです。生命の源である太陽を国の名前や母親の呼び方にしている国は世界で日本だけでしょう。
 国旗は国の顔とも言うべきものです。しかし現在の日本人には残念なことに国旗に対する意識が著しく欠如しています。1988年に行なわれたソウル五輪の陸上競技で米国選手が優勝し、星条旗が掲揚されたとき、スタジアムの観客の中で起立しなかったのは日本から卒業旅行に来ていた高校の生徒と先生だけで、韓国民や世界中からひんしゅくを買ったといいます。国際社会で活躍する日本人の行動がこのような有様でいいわけがありません。日の丸と軍国主義を結び付けて考えたがる人もいますが、国旗に敬意を払うことと戦争を美化することは全く別のことです。「自国の文化に誇りを持ち、他国を尊重すること。」それこそが真の国際人の姿ではないでしょうか。皆さんもこれから留学や、大人になってからの出張などで海外に行くことがあるでしょう。海外では、自国の文化や歴史に誇りを持たない人は尊敬されません。皆さんが知らないだけで、日本には素晴らしいところがたくさんあります。そのひとつとして、日の丸の由来はぜひ覚えておいてください。
                                         
【パラオの国旗について】

 日本の南に位置するパラオ共和国という国を知っていますか。グアムやサイパンにほど近く、ミクロネシアに点々と200あまりの美しい島々を有する国です。実はこの島、日本と深い関わりがあります。まずなんと言っても国旗が日本の日の丸によく似ていることです。下に国旗を載せておきました。水色地に黄色の丸という柄です。
 パラオの歴史を簡単に話すと、第一次世界大戦以前、この国はドイツの占領下にありました。第一次大戦でドイツに勝った日本は戦後、国際連盟からパラオを含むミクロネシア地域を委任統治することを求められました。日本はたくさんの移民(全盛期には2万5千人)をこの地に送り、日本人は産業、教育、文化の発展に大きな功績を残したのです。工場、病院、学校、道路などが次々とできて、パラオの街は近代化しました。
 第二次世界大戦(太平洋戦争)が始まると、パラオの首都コロールは日本海軍の重要な基地として作戦拠点となったので、米軍の攻撃対象となり、1944年にはペリリューの戦いなどで日米両軍に多くの戦死者が出ました。ここで特筆すべきは、民間人の犠牲者を出さないという心がけで死力を尽くした日本兵は、ペリリュー島の戦いでパラオ民間人に一人の死者も出さなかったことです。それは、日本と一緒に米軍と戦いたいという意志を持った島民たちがいても強制疎開させたほどの徹底ぶりでした。しかし、ペリリュー島は米軍の手に落ちました。日本軍玉砕後にペリリューに戻った島民は、島中に散乱する日本人の遺体を見て悲しみ、放置されていた日本兵の遺体を埋葬してくれたそうです。
 第二次世界大戦後、日本に変わって戦勝国アメリカがこの地域を占領しました。そして日本が築いた神社などは姿を消しました。しかし,多くのパラオ人は心の中で勤勉の精神を教えてくれた日本人を敬い,日本統治時代を懐かしんでいたのです。その証拠に当時からパラオ人には子供に日本人のような名前をつける人がたくさんいました。パラオの前大統領にもクニオ・ナカムラという人がいます。
 50年間にわたるアメリカの占領期を終え、1994年,パラオは独立しました。独立にあたり国旗を制定することになり,国民の間から一般公募した結果,日の丸に似た今のデザインに決まったのです。パラオ国旗の水色は海、丸は月を意味します。なぜ月なのか。パラオの繁栄は日本のおかげであるとして、「日本の太陽に照らされてパラオの月が輝いている」というのがその由来です。月が中心から少し左にズレているのは、あまりに似ていると日本に失礼だからということなのだそうです。パラオの人たちの慎み深さにこちらが恐縮してしまうほどです。
 現在パラオのペリリュー神社の碑には以下の文が記されています。
“Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.“
「この島を訪れる、すべての国の旅人たちに伝えたい。此の島を死んで守った日本軍守備隊の勇気と祖国を思うその心を。」  

           

 
 日の丸の話をすると、生徒の反応は様々だが、こちらの予想以上に興味深く聞いている生徒も少なくない。それにしても、日本が世界に誇れることを語るとほとんどの生徒の目は一様に輝き始めるものである。いかに普段そういった自国の誇りを語り継ぐ教育がなされていないかを痛感する瞬間である。例えば全ての学校で、普段の歴史や国語の授業が常に日本の素晴らしさを感じさせるものであったなら、日本の若者は明らかによい方向に変わっていくのではないか。いまや国旗・国歌の教育をはじめ、日本の素晴らしさを若者に伝えることをタブー視している場合ではないはずである。




中学生に「国民国家」をこう教える
中学生に「国民国家」をこう教える
長野 藤夫,TOSS中学





2007.02.16 Friday 00:24 | comments(4) | trackbacks(14) | 英語・英語教育 | 

日本人留学生よ、デビルマンであれ!?

 英語教師という職業柄、生徒に留学の相談を受けることは少なくないが、その度に決まって私はこう言う。「留学は大学に入ってからでも決して遅くはないよ。高校のうちは日本で文武に励むべきだ。」と。高校生が留学というと行き先の大半は英語国、すなわち英米豪加のいずれかである。中でもアメリカはいまだに根強い人気を博しているように思う。日本人であるならば、日本で暮らしていくならば、よほどの理由がない限り人格を形成する上で極めて大切であり多感な十代の時期を、どこの国であれあえて日本以外の外国で過ごすことに私は賛成できない。現に高校生にして米国留学をして、帰国したときにはなんとも無礼で軽薄な、およそまっとうな日本人とは思えぬ、しかもアメリカ人にもなりきれぬ得体の知れない人間に豹変してしまった生徒を私は過去に何人も見ているのだ。私自身も大学院の2年間をアメリカで過ごしているのだが、キャンパスにいた高校を卒業して間もない日本人留学生の多くは、アメリカの自由気ままで陽気な雰囲気に完全にやられていた。いわんや現役高校生をや、である。青く澄んだ空、さんさんと降り注ぐ日差し。レンガ調の校舎。キャンパス一面を覆うこれでもかと言わんばかりのだだっ広い芝生。すれ違いざまに知らない人から受ける笑顔と挨拶。一寸向こうに目をやると、フリスビーを追いかけ走る犬。青々とした芝生の上に腰を下ろし、明るい日差しを受けてくるくると優しく回るスプリンクラーの銀色を眺めながらホットドッグをコーラで流し込めば、必ずや留学生はこうつぶやくだろう。「アメリカ、最高・・・!」
 別にアメリカを好きになることが悪いわけではない。私もアメリカのあの広大な大地や澄んだ青い空を心地よいと思うし、日本なら間違いなく頭がおかしいと思われるような、赤の他人へ対する満面の笑顔の挨拶攻撃をくらうと、それはいい気分になる。今でも「また行きたい。」素直にそう思う(決して住みたくはないが)。学生の頃から日本をこよなく愛し、他の多くの留学希望者の場合と違って、「日本を離れるのは寂しいがアメリカに留学するのは英語教員になるための修行であるからいたしかたない」と思っていた私でさえ、いざ行ってみるとアメリカにかぶれた時期もあった。しかし帰国便の機上からみた富士山の美しさと、着陸後まっさきに食べた寿司の味は今も忘れられない。
 話を戻そう。「アメリカってなんてすばらしいんだろう!」と思った多くの日本人留学生が次に思うことはこうだ。「日本はなんてつまらないんだろう」。日本にいては息が詰まる。高校では同じ髪型で、同じ服を着て学校に行って、校則に縛られて、ひとつ年下なだけで先輩に敬語を使うことを強いられて、狭い家で受験勉強なんて無意味なことをやって、日本なんて国のどこがいいのだと。その全てにおいて逆の生活がアメリカにはある、ということに感動するのだ。
 留学生は、現地で生活し始めるとまず現地人の友達作りに躍起になる。それは当然の行動だろう。アメリカであればアメリカ人の友達を作って、実生活の中で活きた英語を学ぶというのは留学の主たる目的のひとつだからだ。ところがこれが諸刃の剣で、アメリカ人との交流を深めていく際に、日本人としてのアイデンティティを保ちつつそれができるかどうかという重大な問題を孕んでいる。ガイジンコンプレックスを持った日本人の中には、必ず大いなる勘違いをする者が出てくるのだ。自分以外の日本人を嫌うようになる輩である。アメリカはすばらしい。日本はなんてダサいんだ。そんな思いはいつしかアメリカにいる他の日本人に対する軽蔑の目を生み、自分は日本人を脱してアメリカ人になるのだと本気で思うようになる。そして、アメリカ人の友達を尊敬のまなざしで見つめ、「自分もあんた側の人間だ。仲間に入れてくれよ。」となり、あげ句の果てには日本や日本人の悪口をその友達にするようになるのだ。彼らはよりアメリカ人的に振舞うことに余念がない。スラングを自由に操り、違和感のないジェスチャーや表情を交えて会話できるようになりたいと心底思っている。しゃべり方、立ちふる舞い、聴く音楽、着る服、彼らにとってこの上なくクールである友達を教科書としてアメリカンな自分を創っていく。アメリカデビュー。ダサい日本の自分よ、さようなら。オレのいるべき場所はここだ。そして恐るべき脱日入米は続く。さらにエスカレートすると、ピアスの穴を耳だけにとどまらず、ヘソや舌など体のいたるところに開ける者、タトゥーを入れる者、薬物に手を出す者などもう誰にも止められない。日本に暮らす両親が見たら一体なんと言うことだろう。まるで悪魔に取り付かれたかのように性格まで変わってしまうのだ。そう、悪魔に取り付かれたように・・・。
 私は常々思っていることがある。それは「留学生はデビルマンであれ」ということである。なんとも新年早々滑稽な話で申し訳ないが、皆さんは永井豪作の「デビルマン」という漫画をご存知だろうか。人類を殲滅し地球を征服せんと企む悪魔の手から愛する人々を救うために戦う男の話である。悪魔と戦うには人間の能力では無理だ。人間が自ら悪魔と合体し、悪魔の力と頭脳をもって戦うしかない。しかし、誰にでもそれができるわけではない。並の人間では心まで悪魔に奪われてしまい、結局は悪魔そのものとなって人類の敵となってしまうのだ。強い正義感と極めて純粋な心を持った者だけがデビルマン(悪魔の能力と人間の心を持ち合わせた者)になれる。つまり、デビルマンとは悪魔と合体しても魂までは譲らない強靭な精神を持った人間なのだ。漫画では不動明という主人公がデビルマンとなって悪魔と戦うわけだが、もうお分かりだろうか。この図式をそのまま日本人の米国留学生に当てはめてみると明治時代の「和魂洋才」のようなもので、真の日本人としての心と魂を持たずして留学すれば、アメリカという悪魔にいとも簡単に飲まれてしまい、心までアメリカ化してしまう。この場合、日本にとってその留学生は百害あって一理なしだ。一方、日本人としての誇りを持って留学したならば、日本人のままで英語という武器(悪魔の能力)だけを手にすることができ、その「武器としての英語」が日本の社会を救う一助となりうる、ということである。
 つまり、日本の伝統・文化、正しい歴史を十分に知り、その上で日本を、また日本人であることを誇りに思う者のみに海外留学をする資格があるのだと私は思う。日本の学生を留学後に似非アメリカ人にさせないためには、やはり自国の文化に誇りを持たせる教育が不可欠なのだ。わざわざ「日本はダメな国です」ということをアピールしに外国へ行くなど断じてあってはならない。さらにそういう留学生が帰国した後に日本でとる言動も推して知るべしである。
 つい先日、私が英語を担当している高1の女子が1名、留学に旅立った。場所はオーストラリア。期間は1年間。中3のときは担任であり英語も教えていたので、約2年間彼女を受け持ったことになる。「なにも今留学する必要はない」と説得したが、本人の強い意志がありオーストラリア行きが決まった。比較的自分というものをしっかり持ち、礼儀をわきまえた生徒で、出発の前日に「日本を離れるのが辛い」とこぼしていたので少し安心している。留学前にアドバイスとして私の言いたいことはだいたい伝えた。場所こそアメリカではないが、一年後にデビルマンになって帰国することを願うばかりである。

皆様、遅れましたが本年もよろしくお願いいたします。
2007.01.15 Monday 03:22 | comments(4) | trackbacks(1) | 憂國・教育 | 

衝撃!9.11疑惑の真相とは

 2001年、9.11同時多発テロが起こったとき、漠然とではあるが思ったことが2つある。ひとつは旅客機激突後のビル倒壊シーンを見て「ずいぶんきれいに崩れるもんだなあ」ということ、もうひとつは、ワシントンの国防総省(ペンタゴン)への攻撃が、世界貿易センタービルへの最初の攻撃から52分もあとのことであったのに、「なんでこんなに対応が遅いんだろう。もっと早急に察知できないのかな。」ということである。
 先日カナダ出身のジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォード氏の「暴かれた9.11疑惑の真相」というDVD付きの本を書店で見かけ、即買ってしまった。私の疑問をすっきり解消してくれると思ったからだ。しかも検証“証拠映像”DVD付きなのがいい。DVDも見終わり、本もその日のうちに読了。内容は目から鱗の連続で、アメリカはやはりとんでもない国である、と言わざるを得ないものであった。
 フルフォード氏によると、9.11事件が米政府のいわゆる「ヤラセ」であるということは事件直後から一部の人たちの間では言われていたことらしい。政府は真実を直隠しにし、マスコミも決して取り上げない。しかし政府の公式発表と現場の状況の相違ははなはだしいものだと言う。本書の一部を要約して載せてみようと思う。
 
 〜世界貿易センタービル編〜
 ツインタワーに激突した2機はともに炎上。高熱のため焼失し、残骸は何も残っていないと発表されている。しかしこんなことは絶対にあり得ない。わずかな破片でも見つかれば、記してあるシリアルナンバーで機名など全てが分かるはずなのだが、エンジンなどの極めて強固な部分すら見つからないと言うのだ。2機目の飛行機はユナイテッド航空175便だと言われているが、機体は黒く、窓が見当たらない。機体の腹にはなにやら爆弾のような黒い物体が。実は戦闘機なのでは、という疑問が出てくる。さらに、全てが焼失という状況でありながら、犯人のパスポートだけはしっかりと現場から見つけ出されている。エンジンよりも強い紙が存在するはずがない。
 米政府の説明では、飛行機が全焼するほどの高熱でビルが燃え、上層階の重みに耐えられなくなってビル全体が倒壊した、という。しかし、ビルの鋼鉄の融点は摂氏1649度。ジェット機の燃料ではどんな条件であっても1000度を越すことはあり得ない。実際にビルの鉄骨が溶けて落下しているのが映像にも見られるのだが、爆薬などが使われない限り、そのような高熱を発することはない。しかもあれだけの煙を巻き上げ、鉄骨をぶっ飛ばすほどの大爆発を起こすためにはやはり相当の爆薬が必要である。生き残った人たちの証言にも、飛行機激突前に爆発音を聞いた、と言うものが少なくないという。
 〜国防総省(ペンタゴン)編〜
 ペンタゴンに激突した両翼38メートルにもなるボーイング757。大型旅客機が3層の建物を突き破って爆発炎上したわりには、損傷の度合いは驚くほど小さい。最大で5メートルの丸い穴が開いているだけ。また、事件直後だというのに機体の残骸もなく、手前の芝生の損傷も全く見られない。そして、不可解なことに飛行機はラムズフェルド国防長官がいた場所を避けるように反対側に回り込み、補強工事された一番強固な部分に激突している。また、ペンタゴン付近には、防犯カメラを設置した店やガソリンスタンドなどが林立しているにもかかわらず、証拠映像は一切公開されていない。辛うじて炎上シーンを写した5枚の静止画があるだけで、しかもその5枚にも機体は全く写っていないのである。本当に大型機の激突なんてあったのだろうか。

 大東亜戦争前夜、アメリカは日本に対してさまざまな形で最初の一手を誘発しにかかった。最終的に、ハル・ノートによって日本が絶対に飲めない条件を叩きつけ、「窮鼠猫をかむ」の状態に追いやり、開戦を余儀なくさせた。日本の動向を見抜いていながら、全米に漂う戦争反対のムードを覆し、国民の戦意を高揚させるために日本に真珠湾を「奇襲攻撃」させたのだ。その後リメンバー・パールハーバーを合言葉に日米戦へと突入していく。しかもアメリカのヤラセの手口は大東亜戦争に始まったことではない。古くは19世紀末の米西戦争において。開戦の引き金となったのは、米軍戦艦メイン号の自作自演による爆破である。その後それをスペインの仕業として「リメンバー・メイン(メイン号を思い出せ)」を合言葉に国民を煽動していった。 大東亜戦争当時、日本の攻撃を知っていた人々がいたのと同様に、同時多発テロの際にも、テロを事前に知っていた人々がいたはずである。アメリカは新たな「リメンバー○○キャンペーン」を必要としていたに違いない。フルフォード氏曰く、「2001年5月に映画パール・ハーバーがタイミングよく封切られたのも、メディア戦略の一環であるのかもしれない」とのことである。「暴かれた9.11疑惑の真相」、ぜひご一読を。

暴かれた9.11疑惑の真相
暴かれた9.11疑惑の真相
ベンジャミン フルフォード

 今年は、日本保守主義研究会の皆様をはじめ、実に様々な方にお世話になりました。来年も勉強してまいりますのでどうかよろしくお願いいたします。皆様、良いお年を。
2006.12.30 Saturday 23:25 | comments(3) | trackbacks(5) | 憂國・教育 | 

改正教育基本法が成立

 教育基本法が、昭和22年に施行されて以来始めて改正されることとなった。
 明治23年以来大東亜戦争にて米国に未曾有の敗北を喫するまで、わが国の教育の大きな支柱は明治天皇の御心を表された「教育勅語」であった。教育勅語には、簡潔な文面の中に日本人の必要とする徳目、人間形成の基礎とも言うべき理念がつまっていた。
 明治天皇は詔の発表に先立って次の句をお読みになった。

  世の中の まことの道の ひとすぢに
    わが国民を をしへてしがな

 しかし敗戦後、昭和23年、教育勅語が軍国主義の復活に結びつくことを懸念したGHQは廃止を命じた。1年3ヶ月の並存期間はあるにせよ、代わって戦後の日本人の教育理念となったのが昭和22年発布の教育基本法である。
 ところが、この教育基本法はGHQの検閲下にあり、GHQはかなりの部分で関与していたと見られている。そういう意味では日本国憲法となんら変わりのない屈辱的な、押し付けられた法律なのだ。憲法と同じく、独立国家として改正して然るべきものである。
 産経新聞(平成18年7月5日)によると、CIE(GHQの民間情報教育局)が基本法原案を修正・削除した主な部分は

 〜以鍵討砲△辰拭崚租を尊重し」を削除
 ⊇ゞ掬情操の涵養を削除
 「女子教育」の条項を男女共学の積極的規定修正

などである。また、当時行われていた教科書検閲の時点で「愛国心」に関する用語はすべて禁止されていたため、そもそも「愛国心」を基本法に盛り込むことはできなかったという。
 
 今回の改正法を現行法と照らし合わせてみると、
 前文:
(現行法)
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない
(改正法)
 我々は、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する

 まず、改正法には「公共の精神」、「伝統を継承し」などの文言が盛り込まれている点がポイントだろう。そして「個性ゆたかな」とういう文言がなくなっていることにも注目したい。「個性ゆたかな」というのは非常に危険な言葉なのだ。現行法のように文末が「〜しなければならない」という冷たいニュアンスで終わっていないのもいい。
 
 次に現行法にはなかった「愛国心」に関する文言は

 「伝統と文化を尊重し、それらをはぐぐんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」

 ということになった。うまくまとまったのではないだろうか。
 そして教育行政の部分を対比すると

(現行法)
 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われる
(改正法)
 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われる

 「教育は、不当な支配に服することなく」というのは「特定の思想を持つ団体や宗教などの介入から教育を守る」という意味であるにもかかわらず、戦後教育の元凶である日教組はこの文言を曲解し、文科省や教育委員会の思索や指導を「不当な支配」とし、それに従わないことで我が国の教育を退廃させてきた。日教組の手にかかれば、国歌斉唱・国旗掲揚の徹底を求める教育委員や学校長の職務命令も「不当な支配」ということになるのである。その抜け道を塞いだのが改正法の「法律の定めるところにより」という文言だ。これにより、法律に基づいて行われる施策や指導などは「不当な支配」であるとは言えなくなる。
 産経新聞(平成18年12月19日)によると日教組の組合員は昭和52年より徐々に減少し続け、10月1日時点で初めて30万人を切ったそうだ。加えて、機関誌である「教育評論」が来月から休刊になることもわかった。
 日教組にとってこの改正法がさらなる痛手となり、教育正常化が実現に向かっていくことに期待しつつ、現場での努力を続けたい。
2006.12.21 Thursday 01:06 | comments(0) | trackbacks(0) | 憂國・教育 | 
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